映画『キャプテン・フィリップス』

2013.12.15


 現在上映中の映画『キャプテン・フィリップス』について、鑑賞のポイントを書いておきます。

 偶然、当サイトではこの事件を取り上げていました。(過去の記事はこちら 

 さらに、参考にできる記事も紹介してきました。主なものをあげておきますが、関連記事は他にもあります。(

 『キャプテン・フィリップス』は、ソマリアの海賊について、比較的正確さに配慮して制作された作品です。特に、海賊対策の実態については、冷静な視点に立っていました。

 劇中でフィリップス船長は、甲板上の鍵をかけるべき場所が施錠されていないと副長を指導します。放水を有効に使い、無線で海賊を騙しと、様々な抵抗をします。この物語では、いずれの手法も海賊に抗しがたく、惜しいところで船長は人質になるのですが、過去の事例を見る限り、いずれも有効な方法なのです。その中でも、海賊を船上にあげないように船を改造するのは、船主がまずやるべき対策です。船長はできる限りの方法で、海賊を船上にあげない対策をとります。

 最近、日本の国会は日本船籍(日本の国内法圏内)の輸送船に武装警備員を置けるようにする法律を成立させました。安倍政権と野党は、これで必要な対処をとったと思い込んでいます。

 確かに武装警備員が乗った輸送船が海賊に乗っ取られた事例はありません。しかし、古典軍事学の大家、クラウゼヴィッツは「暴力の行使は特別な理由がない限り、極限まで激化する」と言います。この言葉のとおり、最近、ソマリアの海賊は凶暴化する傾向を見せています。もし、すべての船に武装警備員が乗っているなら、海賊は最初から武装警備員を倒すための武器を持ってくると考えなければなりません。

 武装警備員に考えやすい装備品は、長射程のライフル銃です。海賊は射程数百メートルの自動小銃しか持っていません。さらに長距離を正確に撃てるライフル銃を使い、船を追跡する海賊を狙い撃ちします。弾丸が海賊に命中すれば彼らは逃げますし、そうでなくても弾丸が風を切る音に恐怖を覚え、やはり逃げるでしょう。

 こうなると、海賊がいずれは長距離ライフル銃を持つようになる可能性があります。大型の輸送船と違い、高速で疾走するボートからの狙撃は、武装警備員に比べると遙かに難しいのですが、それでも操舵室に正確に銃弾を撃ち込めるなら、かなりの脅威となります。RPGはそれほど射程が長くはない武器ですが、武装警備員が狙撃に失敗した場合、船体に穴を開ける能力は脅威となります。爆発性の化学物質を積む船もあり、武装警備員を乗せることで、海賊が攻撃する可能性が高まり、積み荷が爆発するかも知れないと考える船主は、武装警備員を置きたがらないという問題もあります。

 映画と違い、逮捕された犯人は当時、少年であった可能性が高く、果たして高度な軍事的手段をとるべきかは疑問もあるのです。劇中でも、後一歩のところで放水が海賊を撃退するはずでしたが、偶発的なトラブルにより果たせなかったのです。つまり、武装警備員は唯一の解決策と考えられてはならず、その他の防衛策も同等に検討、実施されるべきなのです。「武装警備員を置いたから大丈夫」というような考え方こそ、軍事を理解しない者の典型的な誤謬です。

 劇中では、海軍は様々な手法を用いて海賊を狙撃します。事態が悪化したため、これは適切な対処だったといえます。しかし、観客がこれが唯一の海賊対策と考えるようなら、それはこの作品を観た意味がないというものです。

 配給会社の宣伝として、フィリップス船長の勇気は強調されています。それは間違いではありません。しかし、海賊の人質になって、さらなる勇気を発揮した人は、韓国人のソク・ヘギュン船長です。彼は抵抗しすぎて、海賊に銃で撃たれました。もしかしたら、韓国映画界がこの映画に刺激され、近い将来、ソク船長の事件を映画化するかも知れませんね。(過去の記事はこちら 


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