アルジェリア人質事件:人質を殺したのは犯人

2013.2.4


 アルジェリアの人質事件では、当サイトは、この事件では人質救出は極めて困難であり、アルジェリア軍の強行突入ばかり言う日本側の主張は間違っている可能性があると指摘してきました。読売新聞が報じたウルドカブリア内務大臣とのインタビュー記事やその後の報道記事は、それを裏づけています。

 当時プラント区画には武装集団17人と外国人人質15人がいましたが、日本人の人数は不明でした。軍はプラント区画を包囲し、武装集団に投降を呼びかけたが拒否され、狙撃を試みた後で突入しました。突入した時には全員が死亡していました。武装集団は自爆するなどしていたとウルドカブリア内務大臣はいいます。また、大臣は「武装集団が陸路リビア国境を越えてから施設到着まで45分しかかからなかった」とも述べました。

 別の読売新聞の記事によると、城内実外務政務官が1月30日午前、自民党本部で行われた外交部会に出席し、日本人犠牲者について「(事件を起こした)武装勢力に殺されたか、自爆に巻き込まれたのではないか。軍の作戦に巻き込まれたとは考えられない」との見方を示しました。

 毎日新聞の記事では、イン・アメナスの病院関係者への取材では、日本人2人が政府軍の空爆の犠牲になり、少なくとも5人が射殺されたと書いています。

 J-CASTニュースでは、アルジェリア人の人質、ソフィアンさんは、16日朝に、少なくとも4人の日本人を見ました。うち1人はケガをしていました。「禅のように静かでパニックにもならず、勇敢で、威厳に溢れていた」。日本人を含む外国人の人質は全員、VIPルームと呼ばれる建物の外に並べられていました。首と腰に爆弾を巻かれ、一本の黄色のケーブルで数珠繋ぎにされ、ケーブルの両端を一人の実行犯が持っていました。

 産経新聞によると、犠牲者の遺体を司法解剖した警察の捜査関係者によると、少なくとも1人の遺体は激しい銃撃を受け、多数の傷があった。そのほか複数の遺体にも銃で撃たれた痕があり、頭を撃たれた人もいた。体に金属片が残っており、爆発に巻き込まれて死亡したとみられる遺体もあったとしています。

 時事通信は、人質となったモハメド氏の話として、「日本人人質が大声を出したり、動いたりしたため、犯人グループのリーダーが射殺を命令した」、リーダーに人質殺害を命じられた犯人グループは「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びだし、日本人4人前後を即座に射殺、残りを拘束し続けたと書いています。さらに、16日に犯人グループはまず、逃げようとしたとみられる日本人4人を射殺したことが分かっていた。今回の証言で明らかになった新たな殺害状況と合わせ、邦人犠牲者の多くが事件初日に殺害された可能性が強まったとの見解も示しました。

 一方で、自衛隊が救出作戦を行っていれば、もっと犠牲者は少なかったと書いたメディアもあります。女性自身は軍事フォトジャーナリストの菊池雅之氏の意見を紹介し、「日本が自らの手で人質救出に向かっていれば結果は違った」と書いています。「アルジェリア人民国軍のT72戦車が見えた瞬間に、人質を救出する気はないな、と思いました。自衛隊の特殊部隊が作戦を遂行していれば、犠牲者数を3分の1にできたと思います」。

 元陸自研究員で軍事評論家の高井三郎氏は「使用武器は銃身が短い小銃M4に夜間も使えるダットサイト(光学照準器)を装着したもの。暗視ゴーグルつきのヘルメットをかぶり、全身を黒い服で固めた特殊部隊は、テロ組織を一掃したでしょう。自衛隊は『100人の人質がいたら、100人を助ける』という動きを意識している。今回のように犯人がトラックに人質を乗せて移動しようとしたら、当然トラックのタイヤを狙い移動を止めます」と述べたなどと書いています。


 明確には分からないものの、現段階では、少なくとも2人が空爆で死亡した以外は、早い段階で犯人に射殺されていたと判断できるくらいです。病院関係者は現場にいなかった可能性もあり、遺体の傷などから判断した見解を述べたのかも知れません。だから、体に巻き付けられた爆弾と空爆による傷の違いまでは判断しきれない可能性もあります。

 当サイトは何度か、今回の事件で人質の救出は困難だったと書きました。アルジェリア軍が人質を解放すれば、包囲を解くと武装グループと交渉する映像が存在するからです(関連記事はこちら)。結局、その通りの方向で認識が得られたようです。しかし、報道が最初に書いた印象はすでに日本国民の間に定着しており、かなりの国民はアルジェリアに対して批判的になっているでしょう。しかし、外務省や安倍総理がアルジェリアを批判したのは重大な誤りです(関連記事はこちら)。

 アルジェリア軍は人質を解放させる交渉を行ったのに、犯人たちは日本人を含めた人質を殺し始めました。まだ生存している人質が殺されることを恐れたアルジェリア軍が現場に突入したのは当然の判断だったと思われます。安倍総理が言ったように、米英の支援を受けている時間の余裕はありませんでした。

 女性自身誌は女性向けの雑誌だと思っていましたが、随分と勇ましい記事を掲載したものだと呆れました。

 菊池氏の意見は言うまでもなく、事実関係の一部しか見ていません。戦車は確かに救出作戦には不向きな装備品です。しかし、現場近くに戦車部隊がいたのなら、数台現場に配置することはごく自然なことです。それに一部の戦車にはシートがかけられていたので、これらをすぐに使うような態勢ではないと思えました。実際、突入作戦に戦車が使われたという証拠はありません。戦車は武装グループが外部から増援に駆けつけた場合に備えたものと解釈すべきです。

 高井氏は記事の主張に積極的に賛成しているというよりも、コメントとして利用された感がありますが、自衛隊が100人を助けようとしたところで、今回のような作戦では、似たような結果に終わったと、私は考えます。トラックのタイヤを撃つのは困難の上、そうしたところで、最期を悟った武装グループが爆弾で自爆したり、人質を銃撃し、自分たちは死ぬまで戦うという選択をしないとは限らないと考えます。それは自衛隊の作戦の中身ではなく、武装グループの選択にかかっています。

 ヘリコプターを現場に持っていければ、空からタイヤを撃つことができるでしょうが、砂漠を走る装甲車から大口径の車載機銃でタイヤを撃つのは難しいでしょう。慎重に狙ってもお互いに高速で動いている状態ですから、人質に弾があたる危険もあります。

 トラックを止めた後は、装甲車で接近して、犯人を皆殺しにすることになります。この場合、急速にトラックに接近することはできません。犯人が爆弾を爆発させる恐れがあるからです。最低でも、手榴弾が届く範囲内には近づけません。数十mの距離から小銃で犯人だけを撃つことになります。自衛隊の装甲車には側面に銃眼がついたものがありますが、銃眼からでは狙いにくそうです。上面のハッチを開け、身を乗り出して撃てるように、防弾板を兼任するハッチへ改造すべきでしょう。

 包囲されても、アクション映画みたいに犯人は撃ち返そうとはしないでしょう。姿を見せれば撃たれることは分かり切っています。バスの中に身を隠して、少しでも長く戦いを続けようとします。そうなると、自衛隊は適当な段階に2台の装甲車で乗降ドアと非常ドアを引っ張って除去すると同時に、閃光手榴弾を投げ込み、一斉に装甲車をトラックに寄せて、最終的な突入を行います。閃光手榴弾は犯人が発砲したり、手榴弾を投げるのを防止し、突入の成功を支援します。

 この作戦で人質全員を安全に救出できると考える人はいないでしょう。犯人にはいつでも人質を殺す機会があります。極めてリスクの高い作戦です。仮に自衛隊が駆けつける時間の余裕があったとしても、結果はほとんど変わらなかったと考えるべきです。

 さらに書くのなら、事件が起きたら自衛隊が駆けつけるだけと考えている人がいたら、それは間違いだということです。海外にある日本の企業の拠点はすべて政府に対する報告が義務づけられるでしょう。施設の内容、人員のリストも必要です。自衛隊はそれを基本として、事件が起きたら、どういう経路でアクセスするかを検討し、仮想の作戦を立てて訓練を行うのです。当然、現地の武装勢力に関しても、常に情報を収集することになります。敵の情報はあればあるほどよいのです。最終的な目的は、日本人がいる施設を襲撃する計画を嗅ぎ付けた段階で、先回りして、敵の拠点を叩くことです。つまり、人質救出の究極的な姿は、対テロ戦そのものと何ら変わらないということです。フランス軍がマリでやっているような掃討作戦こそ、理想の人質救出作戦です。「事件が起きた時だけ派遣されるのだから」と考えている人がいたら、それは勘違いというものです。次なる段階は、アフリカで武装勢力に大きな顔をさせないように、欧米の軍隊と共同作戦を行うことです。現在の世論では、一気に最終的手段まで突っ走りそうで心配です。

 それから、法改正したところで、当事国が自衛隊の救出作戦を承認しない限りは何もできないことも考えなければなりません。それから、相手国の国家元首に大きな声を出すような総理大臣の態度では、協力が得られない可能性もあります。

 前にも書きましたが、外務省の情報収集能力のなさこそ改善すべきです。NEWS ポストセブンによると、外務省が事件を知ったのは、イギリス駐在の大使館員からの電話だったということです。「もう知っているとは思うが、大変なことになったね」と話した大使館員の言葉が第一報だったという話は本当かと疑いたくなるほどです。

 第一報の印象は、あとあとまで尾をひくということを再認識させられる話です。

 それから、犯人がリビアから侵入してから現場まで45分間というのは脅威的です。どのルートを通ったのかを知りたいと思いました。バス襲撃現場からリビアとの国境までは最短距離でも80km以上あります。砂漠を100km前後で走行しないと、こんなに短時間では到着できないと思うのです。直線的に国境まで行ける道路はないし、かなりの部分で砂漠を走ったはずなのです。


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