外務省も対テロ戦が分かっていない

2013.1.24


 すでにアルジェリアの人質事件の記事は、海外のメディアのアフリカ関係の記事には出なくなっています。次々と様々な事件が起きるので、それらで記事が埋められているのです。残念ながら、アルジェリア軍が行った交渉や軍事作戦について、これ以上の情報は出てこないでしょう。

 BBCの記事から、目新しいものを探してみました。

 水曜日にアルジェリア国防省ははじめて、アルジェリア軍が軍事作戦で大きな損失を受けなかったと発表しました。8人の兵士が軽傷を負っただけだと同省の声明は述べました。

 日本政府は、人質をとられている他国との相談なしに武装勢力への攻撃を始めたというアルジェリアの決定に非常に批判的でした。東京のアルジェリア大使は人質事件に展開が見られたときに呼び出されました。「日本は、人質の命を危険にさらす行為について強く懸念し、アルジェリア政府が軍の救出作戦を進めたことは遺憾に思います」と先週金曜日に外務省の声明は言いました。日本はアルジェリアにガス施設の事件と国民が死亡した状況を調査するよう要請しました。「アルジェリアはできる限り協力すると約束しました」と菅義偉官房長官は言いました。


 冷酷なようでも、アフリカでは他にも沢山の暴力事件が起きており、それらの陰にガス施設の人質事件は隠れつつあります。これが戦国時代である世界の現実です。

 外務省がアルジェリア政府を批判したという話は、こういう現実を無視したもので、容認できることではありません。まして、こういうことを言う人たちが日本の安全保障政策で決定権を実質的に握っていることが問題です。

 事件が起きた段階で、アルジェリア軍は事実上、日本の友軍となったのです。友軍を批判することに何の意味があるのか私には分かりません。友軍がこちらの期待とは違うことをする場合もあります。それを一々、批判していたら、憲法改正をして自衛隊を海外に派遣するようになった時に、それこそ相手国との軋轢を引き起こしかねない問題です。戦争は冷酷なものです。第2次世界大戦時に、イギリスはスパイからドイツ軍がある都市を爆撃するという情報を得ましたが、諜報能力を悟られないために、その都市に警報を出しませんでした。当然、その為の大勢の人たちが命を落としたはずです。こうした日常生活では考えられない程度に人権保護のレベルは落ちるのが戦争の実態です。それを憲法改正でやろうとする国が、こんなヘナチョコの声明を出すのは理屈に合いません。日本の省庁には、憲法改正をした後の世界に対処する能力はないのに、それをやろうとしているのは疑問です。

 それに、外務省がアルジェリア軍の交渉と作戦の中身について、詳しく知っていたとは思えません。その段階で、こうした声明を出すことも問題です。情報源がなくてイギリスから情報をもらうだけだったことこそ、外務省は反省すべきです。

 この事件で自衛隊法の改正の話も出ています。自民党の石破茂氏は「国民の生命と財産はいかなる地域でも守っていかないといけない。日本として何をしてもいいということではないが、検討がなお不十分な点がある」「(自民党として)単なる輸送でなく救出まで行い、武器使用を抑制的に行うことに配慮した法案はできている」と述べています。

 この「武器使用を抑制的に行う」という部分は何の根拠もない話です。救出作戦で武器使用を抑えながら実行するなんて、運がよい時に可能なだけです。

 第一に、外国にいる日本人に対して最初に責任を負っているのは、その国の政府なのです。仮想の話として、今回の人質事件に頭にきた日本人が日本にいるアルジェリア人を人質にとって立て篭もり、アルジェリア政府に死亡した日本人への謝罪を要求したとします。この場合、人質に対してまず責任を負うのは日本政府ということになります。ここでアルジェリア政府が人質救出のためにアルジェリア軍を日本に派遣したいから協力して欲しいと要請したとします。その場合に、日本政府はこれを受けますかという話です。外国に自衛隊を派遣して救出活動を行うということは、その逆の場合も認めるということなのです。こういう救出作戦を行うのなら、なおさら相手国を批判するような態度はとるべきではないということも、日本政府の行動方針に含められなければなりません。

 今回、人質に大きな被害が出たのは、昼間に作戦を実行したからです。イギリスが暗視ゴーグルを提供すると言ったのは、夜間に作戦を行えば、犠牲はより少なくできるという意味でしょう。しかし、日常的に使っていない装備品を使うよりは、使い慣れたものを使った方が現場は混乱しないものです。あるいは、暗視ゴーグルが届くよりも先に、人質犯が人質を殺すか、施設を爆破しようとした場合は、昼間でも作戦を行わなければなりません。この場合、自衛隊が行ったところで、今回の事件のように現場が広範な場合、犠牲者は変わらなかったかも知れません。人質犯が強攻策に出ようとしたかどうかは今のところ、アルジェリア政府の主張以外に情報がありませんが、人質犯の態度によっては、作戦開始は容認すべき事態だった可能性もあります。奇跡と言われたイスラエル軍のエンテベ奇襲でも、ペルー日本大使館事件でも人質に犠牲が出ています。

 忘れるべきではないのは、人質の証言によると、日本人人質はバス襲撃の時に逃げようとして撃たれたり、拘束後に処刑されたり、爆弾ベルトを装着させられていたということです。救出作戦で助けられる可能性があったのは少数である可能性が高いのです。

 すでにインターネット上には、憤りを感じてアルジェリア政府を批判する日本人の声が出ているようです。しかし、情報をよく見れば、今回は外部の力では解決しようがなかった可能性もあることを考えるべきです。考えることを忘れたとき、戦争について考察することはできなくなります。


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