専守防衛は本当に不利なのか?

2018.2.23


 安倍晋三首相が2月14日の衆院予算委員会で、専守防衛の方針について「純粋に防衛戦略として考えれば大変厳しいという現実がある」「相手からの第一撃を事実上甘受し、国土が戦場になりかねないものだ」と述べ、弾道ミサイルについては「攻撃を受ければ回避するのは難しく、先に攻撃した方が圧倒的に有利になっているのが現実だ」と述べたといいます。

 しかし、先に攻撃した方が勝つという考え方は、史実に反します。日本では、なぜかそういう主張をする人が多いようで、かつては統幕議長を務めた栗栖弘臣氏も、そのような主張をしていました。だから、憲法は日本の防衛の足かせとなっているという主張は、過去、保守派から繰り返しなされてきました。

 そこで紹介したいのが、戦史研究家のジェイムズ・F・ダニガン、ウィリアム・マーテル共著の『戦争回避のテクノロジー』です。 古い本ですが、いま同じ調査をしても、結果は大して変わらないといえます。

 この本の中で著者は、過去二世紀の戦争と、戦争に至らなかったケース409件を分析しています。そこから導き出された教訓が序章に列挙されています。

  • 戦争はしばしば偶発的に発生する
  • 戦争発生の可能性に目をつぶることは、戦争に最も巻き込まれやすい型である
  • 不安定な政府は最も戦争に巻き込まれやすい
  • 政府は国民が〝自発的〟に戦争に参加するように仕向ける
  • 軍部は通常、軍事的解決に反対の勧告を行う
  • 通常、〝敵〟についての無知が戦争に向かわせる第一の根拠である
  • アメリカの戦争についての無知は、同盟国と敵性国の双方に恐れられている
  • 大規模な戦争を実際に起こすのは難しい。だからこそ、その数はきわめて少ない
  • 大戦争の重要な原因の一つは誤った記憶にある
  • 真の大戦争は、新たな戦争を起こしたいという気持ちに、ある程度の免疫を生じさせる
  • 勝利は安物買いのようなもので、しばしば、支払おうとする額より高くつくものだ
  • 大戦争はしばしば判断の誤りからはじまる
  • 大戦争と大戦争の間に小規模の戦争が起こりがちで、今日小規模の戦争の数が増加している
  • 核兵器はいままでのところ、大戦争の勃発を阻止してきた
  • 核兵器による第三次世界大戦勃発の公算はきわめて小さい

 先制攻撃が勝ちやすいとか、専守防衛は負けやすいという教訓はどこにもありません。むしろ、ここで挙げられている教訓は、戦争なしない方がよいということであって、した方がよいという教訓は一つもありません。

 実際、我が日本も真珠湾を先制攻撃したのに戦争に負けました。ナチス・ドイツもポーランドに侵攻し、先制攻撃を仕掛けたのに負けました。実例は我々の周りにもあるのです。

 さらに、350ページに決定的な一文があります。

侵略者は一般的に敗北する。侵略者は守る側に比べて二対一の割合で敗北するようだ。

 つまり、過去のデータを見ると、侵略者は防御側に比べると2倍負けやすいのです。「大変厳しい」という安倍総理や栗栖元統幕議長の言葉は、単なる言葉に過ぎず、事実による裏づけがないのです。

 もっとも、安倍総理は「それはこれまでの通常兵器による戦争の結果であって、弾道ミサイルを使う未知の戦争には当てはまらない」と言うかも知れません。しかし、中国や韓国が離島に侵攻するという主張もなされています。中国は核兵器を持っていますから、侵攻の際に使うかも知れません。北朝鮮は核兵器は持ちますが、日本に侵攻する能力は持ちません。だから、先に攻撃しろと、総理はいうのでしょう。

 しかし、移動型の弾道ミサイルランチャーの位置が分からないのは、従前からいわれていることです。先制攻撃をするにも、相手の位置が分からないのでは攻撃は不可能です。巡航ミサイルを買っても、状況は変わりません。巡航ミサイルは固定目標しか狙えないし、目標への到着に時間がかかります。先制攻撃をしようにも、その方法はありません。

 もっとも、アメリカは発射段階で撃墜するために航空機から発射するレーザー兵器を開発したことがあります。この計画は予算がかかりすぎて、2012年に事実上破棄され、形ばかりが残っているだけです。ところが、レーザー光線を化学薬品の反応で作るのではない、電気から生成する新しいレーザー兵器の開発がはじまり、もしかすると、将来的に実現するかも知れないという状況も生まれています(過去の記事はこちら)。主眼は地上戦闘の支援に使うことですが、ドローンに搭載して、弾道ミサイルを迎撃することも検討されています。ところが、日本はこういう研究に賛同するとか、支援するとか、共同研究しようといった行動をまったく示さないのですから不思議です。

 さらに、「攻撃を受ければ回避するのは難しく」というのは、ミサイル防衛が役立たずだというのに等しい上に、それならば、なぜ核シェルターを建設しないのかという疑問が湧きます。政府がやっているのは、Jアラートでミサイル飛来を知ったら、最寄りの地上にある避難所へ行けということだけです。核攻撃の被害を受ける可能性がある場所へ逃げなさいというのです。回避するのが難しいなら、なぜ地下に避難所を設けないのでしょうか。

 やるべきことをやらずに、戦端を開く方法ばかり考える安倍総理の主張には疑問しか湧きません。

 日本をとりまく環境を見ても、中国ですら日本に侵攻するのはかなり困難です。上陸部隊を派遣するには、日本は遠すぎます。中国の沿岸から尖閣諸島まで最も近い場所でも約335km。西表島で約440km、沖縄本島で約630kmです。

 中国には上陸作戦を専門とする海兵隊がありますが、彼らを運ぶ船は比較的浅い日本海を通る必要があります。ここに海上自衛隊と米軍の潜水艦が潜み、船団を攻撃できます。当然、中国軍も潜水艦を出してくるでしょうが、今年1月に中国軍所属とみられる潜水艦が浮上し、国旗を掲げて航行するという事件が起こりました。これは日本かアメリカの潜水艦に追跡され、逃げ切れずに降参を示したものと考えられます。このように、潜水艦戦では中国軍は圧倒的に負けています。

 戦闘機を送り込んで日本の島を攻撃することはできるでしょう。しかし、それでは占領はできません。

 海に守られていることを考えると、この強みを最大限に利用して、堅実な防衛網を築くことが日本政府の目的であるはずですが、なぜか政権にはそのような姿がみえません。

 日本政府は軍事問題を考えるのが苦手なのでしょう。それなのに、あかたもすべてを理解しているかのような主張をして、国民の目をごまかしているのです。

 専守防衛は決定的な弱みにはならず、状況によっては、それを有利に利用できるかも知れません。それが軍事的常識に基づく判断です。安倍総理の発言は憲法改正のための政治的発言に過ぎません。

 

 

 


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