小銃を偏重する訓練は戦力を低下させる

2016.11.2


 先月取り上げた陸上自衛隊の特異な訓練について、さらに重要事項を追加します。(関連記事はこちら 

 「自分の身体よりも小銃を守れ」と教えることは、実戦において重大な問題を引き起こす恐れがあります。

 「『戦争』の心理学 人間における戦闘のメカニズム」という本があります。元米陸軍のデーヴ・グロスマン氏が書いたものです。この本の第2部第6章「自動操縦」(135~144ページ)に、訓練でやったことは実戦で忠実に再現されるという法則が書かれています。

 実戦では身体があたかも自動操縦されているように無意識に動き、その間に訓練でやったことがそのまま繰り返されるのです。この本にはそうした実例がいくつも紹介されています。

 射撃の練習の間、空薬莢をあとで拾うのが面倒なので、ポケットにしまう習慣があった警察官が、実戦が終わったあとで空薬莢がポケットに入っているのに気がつくとか、亡くなった警察官が手に空薬莢を持っていたという事例があります。本番では、練習中のようなことはしないと思っていても、無意識にそうしているのです。

 拳銃を相手から奪い取る練習をしていた警察官は、妻や友人に拳銃を突きつけてもらい、奪い取っては拳銃を返し、繰り返し練習していたところ、実際に容疑者から拳銃を奪い取ったとき、拳銃を容疑者に差し出してしまったといいます。幸い、他の警察官が容疑者を撃ったので、この警察官は助かりました。

 FBIは射撃練習の際、弾を二発撃っては銃をホルスターにしまい、また抜いて射撃する方法をとっていました。ところが、この訓練をした警察官が容疑者に二発撃つと銃をホルスターにしまう事例が起こり、この訓練は中止されました。

 このように、普通では考えられないことは実戦では起こるのです。自分よりも小銃を守るように教えられた自衛官は、実戦で本当に自分よりも小銃を守ろうとして死傷すると考えられます。つまり、教官たちが隊員に教えているのは「訓練のための訓練」に過ぎず、実戦で大きな問題を引き起こす危険があることなのです。

 米軍では、こうした教訓から、訓練の内容はできるだけ実戦に近くするという基本方針があります。実際に戦闘で報告された事柄から、起こり得ることを再現し、隊員に体験させるのです。先日紹介したように、暴徒鎮圧訓練では、暴徒役の教官が隊員にガラス瓶(実際にはそっくりな形の模造品)を投げつけます。火炎瓶は本物で、地面に火を放って、事前に教えておいた対処法を実践させます。できる限り本物に近い環境を、負傷の恐れのない形で体験させるのです。こうすることで、隊員が本物の現場に入ったときも、似たようなことが起きるので、受けるショックが減りと期待できます。

 自衛隊のやり方は近代的な訓練方法と逆行していて、単に武器の故障率を減らしたいための工夫に過ぎません。隊員が死傷する可能性を増やすだけです。小銃は弾丸の発射台に過ぎません。銃を撃つのは隊員であり、持ち主のいない小銃は戦力となりません。

 この問題を、単に自衛官が可愛そうだという視点から考えるのは禁物です。自衛官の安全の問題であり、自衛隊全体の戦力の問題です。かかる訓練は一日も早く止める必要があり、すでにこの訓練を受けた隊員は、この点に関して再訓練を行うべきです。



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