記者銃撃でシリア政府に抗議しない外務省の不思議

2012.8.28


 シリアで殺害された山本美香さんに関する報道記事に矛盾が出てきています。

 テレビ朝日系(ANN)は「首を撃たれたことが致命傷となったとみられていますが、この銃弾が後ろから前に抜けていたことが新たに分かりました。警視庁は、山本さんが逃げようとした際に、後方から発砲された可能性もあるとみて、当時の映像を解析して捜査を進めています。」と報じました。TBS系(JNN)は「ロイター通信によりますと、山本さんらを乗せていたシリア人の運転手は、反体制派の民兵から聞いた話として、『山本さんは、アサド政権を支持する民兵集団・シャビーバを50メートル足らずの位置から撮影していたところ、腕と首を撃たれ』と話しました。その上で、反体制派の民兵は、『シャビーバは軍の服を着ていないので、山本さんは彼らを一般市民と思った可能性がある』と述べたということです。」と報じました。

 撮影中の相手から撃たれたのなら、銃弾は身体の前から背中側へ抜けるはずです。本当に、山本さんが撮影した映像に映っていた男たちが発砲したのか、私は疑問に感じています。彼らは銃を持っているようにも見えますが、銃身は上を向いているように見え、こちらに向けて銃を構えているようには見えません。不鮮明な映像なので、すでに銃を構えた男がいた場合、そのように見えない可能性もあります。「日本人がいる」と叫んだ男が武装グループを連れてきたようにも見えるので、報道の通りである可能性もあります。咄嗟の出来事で関係者の証言が食い違うのはよくあることです。私はもう1つ別のグループが現場にいた可能性を疑っています。発砲が「日本人がいる」の直後に始まっていて、正確な照準をつける時間としてはやや短いように思えるからです。別のグループが先に山本さんを視認しており、照準をつけた時に「日本人がいる」という声が聞こえたので引き金を引いたと考えると、筋が通ります。

 ところで、シリアで死亡した山本美香さんに関して、外務省から何らかの動きが出ているはずだと思いましたが、外務省のホームページには呆れるような情報しか載っていませんでした。玄葉光一郎外務大臣が型通りの話をしただけで、外務報道官、副大臣の会見にはシリアという国名すら出てこず、まったく事件についてコメントしていませんでした。記者たちも竹島問題ばかり質問して、事件についての質問はしていません。

 大臣の発言は以下のとおりです。

外務大臣会見記録(平成24年8月22日(水曜日)10時17分~ 於:本省会見室)(動画版)

冒頭発言

(1)邦人記者・日本人女子大学生の死亡事案について

【玄葉外務大臣】20日(日本時間)に発生したシリアのアレッポで取材中の邦人記者、山本美香記者の死亡に関して、詳細については確認中でありますけれども、いずれにせよ、銃撃を受けて死亡したということは極めて遺憾であり、かかる行為を強く非難するとともに、ご遺族に心から哀悼の意を表したいというように思います。
 山本記者のご遺体は、現在トルコのキリスに搬送されており、現地には在トルコ日本大使館職員などが赴いて、現地警察等から情報収集を行うとともに、邦人保護の観点からご家族への連絡や遺体の搬送等、必要かつ可能な支援を行っているところでございます。
 シリアの今後の状況は予断を許さず、我が国政府としては、引き続き今後のシリアの情勢を注視していくとともに、シリア政府による弾圧と全ての暴力が直ちに停止され、シリア人主導の政権移行プロセスがスムーズに進むよう、改めて強く求めます。また、新たに任命されたブラヒミ特使の努力を支え、引き続き国際社会と連携しつつ、シリア情勢改善のために取り組む考えであります。

 まったく腹立たしい話です。まだ詳細が分からない段階だったとはいえ、反政府派武装組織と共に行動していた記者が射殺された場合、まず政府軍の仕業を疑うのが常識というものです。報道では、政府軍内に外国人記者の殺害指令が出ているとされています。実際にこの通りであった場合、シリア政府は国際人道法(ジュネーブ条約)第1追加議定書第79条「報道員」に関する規定を守っていなかったことになり、日本政府はシリア政府に事実関係を明らかにするよう求め、自らも捜査を行い、必要ならシリア政府に抗議を行わなければならないのです。ところが、大臣の発言にはそれがなく、トルコ警察から情報をもらっているとのことです。東京にはシリア大使館があるのに、シリア大使に要請をしたという情報は一切ありません。

 日本人が海外で被害に遭った場合、相手国にしつこく問い合わせをすることが、日本人に手を出しにくい環境を作ることになるのです。それこそ抑止力の一環です。特にジャーナリストに関しては、政府からできる援護の一環として、こうした活動を行うべきなのです。

 おまけに、大臣は国際社会と協調路線をとると述べていますが、国際社会は軍事分野を含めた反政府派支援を決めており、それに参加すると言ったことになります。軍事支援に日本も参加するのでしょうか?。型通りのコメントでよいと考えて、適当に口を動かしていませんかと言いたくなります。

 というわけで、与党・民主党には要請文を出す必要があると感じ、以下のような文章を民主党に送付しました。

 

シリアでの日本人記者殺害に関する要請文

平成24年8月28日

田中昭成

 周知の通り、先日、日本人ジャーナリスト山本美香氏がシリアで何者かに殺害されました。詳細は不明ながらも、同国で進行中の内乱に巻き込まれたことは確実です。また、反政府派グループと共に行動中の山本氏が攻撃されたことから、政府側グループによる犯行と見るのが自然であり、犯人は政府側グループ「シャビーバ」だという具体的な組織名まで報じられています。

 かかる状況にあって、未だに外務省からシリア大使館に対して、説明を求めたり、蛮行を非難する行動がとられたと発表されていないのはなぜなのでしょうか。

 ジャーナリストに対する攻撃は、国際人道法(ジュネーブ条約)第1追加議定書第79条「報道員」規定に対する明白な違反であり、単なる刑事事件ではありません。国際人道法加盟国であるシリアは、報道員を守る義務があるのに、報道によれば、記者に対する攻撃・誘拐が現実に行われ、殺害指令すら出ているといいます。

 外務省のホームページを見ると、この事件に対しては、大臣が22日に型通りのコメントをしただけで、その他のコメントや声明は皆無です。

 外務省が国際法を叫ぶのは、竹島や尖閣諸島、北方領土などの領土問題に関してだけなのでしょうか。また、今朝のニュースで日本の中国大使が何者かに車を停車させられ、国旗が奪われた件で、外務省が中国政府に抗議をしたと報じられています。小さな旗の強奪で抗議できるのに、日本国民の命が奪われたことでは抗議をしない理由は何ですか。

 まさか、2004年にイラクで誘拐された日本人3人に向けられた「自己責任論」が外務省や与党内にあり、そこまでする必要はないと考えているのではないでしょうね。御存知とは思いますが、山本氏の死に関してはフランス外務省が強くシリア政府を批判しており、時事通信によれば、フランス外務省は「シリア当局は報道の自由を守る義務があるにもかかわらず、報道関係者を抑圧している」「世界、とりわけシリアにおけるジャーナリストと連帯する」という声明を出しました。日本外務省はそこまでする義務はないと考えているのですか。

 自民党政権時と同じ路線を行くのなら、民主党に政権が変わった意味はありません。旧態依然とした外交政策を変えることを国民は望んでいるのです。それは国益を追求するだけでなく、世界平和の実現に関しても具体的な手を打っていく外交です。

 以上について、政府においては数日の内に具体的な行動をとり、国民に分かる形で告知するよう要請します。

 なお、この要請文は私のホームページにも掲載し、多くの方に読んでもらうことにしています。(http://spikemilrev.com/news/2012/8/28-1.html



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