戦場カメラマンによる報道の問題点

2011.9.18
修正 2011.9.19


 「NEWS ポストセブン」が報道カメラマン・横田徹氏のリビア取材を報じました(記事はこちら)。しかし、この記事は軍事的な視点をまるで欠いていました。横田氏は「映画と現実は、まるで違う。言うまでもなく、ハリウッドの派手なアクション活劇が現実に存在すると思う人はいないだろう。つい先日まで、僕自身もそう思っていた」と言います。

 そこで、横田氏が全員が20代の民兵グループの指揮官に「君がコマンダー(指揮官)なのか?」と尋ねると、彼は道路の真ん中に出て行って、小銃を撃とうとしました。しかし、銃弾は発射されませんでした。横田氏は「自動小銃は一発の弾も発することなく、沈黙していた。JAM(弾詰まり)だ。」と書きます。彼は敵に狙われます。「ドーン! 近くに、カダフィ軍の砲弾が落ちた。」「道の真ん中の彼は慌てて、僕の傍に避難した。今度は弾倉から弾を取り出し、詰め直そうとするのだが、緊張からかポロポロと地面に落っことし、なかなか上手くいかない。「早く撃ってくれ!」。僕は心の中で叫んだが、それでも、彼を嗤うことは出来なかった。」。

 横田氏は彼を「彼は今、精一杯の男気を見せているのだ。それは仲間に対してであり、日本人のカメラマンである僕に対してであり、おそらく家族に対しても。」と評価し、「素敵な奴らじゃないか。これが僕の見たリビアの戦場である。」と結んでいます。

 横田氏の結論は紛争のレポートとしては意味がないと、私は感じました。

 まず、この記事には、時と場所が書かれていません。「8月1日からラマダン(断食月)に入り、戦闘はさらに激しくなった。当初はてこずったものの、その後、何度か僕は最前線に入ることに成功した。」と書いてあるので、8月1日の後らしいということは分かりますが、場所は最前線ということ意外は分かりません。BBCの記事についても指摘していますが、時や場所に関する情報は戦争報道に関する限り、極めて重要です。

 次に「JAM(給弾不良)」の描写が不完全です。文の通りなら、小銃の薬室に弾が入っている状態で引き金を引いて、発射できなかったように読めます。これなら給弾不良ではなく不発弾のように思えます。しかし、次に若者が弾倉を外してまたつける様子が書かれているので、最初弾倉は空で、若者がボルトを引いて弾倉から薬室に弾を入れようとして、そこで弾が正常に薬室に送られなかったこと、つまり横田氏が言うとおりの弾詰まりであり、記事にはボルトを引く動作がまったく書かれていないらしいことが分かるわけです。こういう書き方は問題です。

 次に若者の行動の横田氏の評価ですが、戦争を取材する者としては考え方に疑問があります。

 まず、ハリウッド映画みたいな英雄はいないと思っているとすれば、それは戦史を知らなすぎます。自分を犠牲にして味方を救う兵士はしばしば登場しています。たとえば、太平洋戦争の硫黄島の戦闘で、ある海兵隊員は負傷した味方を助けるために、上官が止めるのを振り切り、何度も日本兵の銃火の中に身をさらしました。

 これは「自動操縦」と呼ばれる条件反射的行動だということも、デーヴ・グロスマンの研究によって明らかになっています(参考書はこちら)。兵士は訓練でやったことを実戦で忠実にやろうとする傾向があるのです。若者の行為を勇気と解釈するのは無理があります。

 先の海兵隊員が何度も味方を助けられたのは、日本兵もまさか照準線上に敵が自分から飛び込んでくるとは思わなかったからです。しかし、何度かの救出の後、この海兵隊員は撃たれてしまいました。何度も姿をさらすので、日本兵は彼を照準するようになったのです。

 これは戦場における集中力の作用です。地上軍は偵察により敵の位置をつかみ、そこへ戦力を集中して、敵を撃破するものです。できるだけ早くに重要な部隊の位置を知り、効果的な攻撃を行うのです。狙われた部隊へは少しづつ攻撃が集まるようになり、それは時間が経つに連れて激化します。

 リビアの若者の例なら、カダフィ軍は若者の姿を見て、まず間違いなく敵かを確認しようとします。それから、迫撃砲の準備をして発射します。一発目が外れたのを確認したら、次は照準を修正して発射します。若者がその場にいたら、いつかは迫撃砲弾の効力範囲が彼を捉えて、打ち倒したでしょう。つまり、若者の行動は軍事的にマイナスでしかないのです。

 だから、特に評価しようとは私は考えません。それに、「素敵な奴ら」どころか、暫定政権軍は元カダフィ派のアブデル・ファタ・ユネス将軍を暗殺するなど、感心しない行為もやっています。BBCが将軍の部族の長老にインタビューしていますが、それによれば、ユネス将軍は銃撃した後で焼かれただけでなく、指が数本切り取られ、片方の目がえぐられ、腹が切り開かれていました。「素敵な奴ら」なんて感心するようでは、戦争を調査などできません。

 「NEWS ポストセブン」は以前にSAS隊員が一人でカダフィ大佐を殺しに行ったという話を報じたメディアです(過去の記事はこちら)。ここは戦争をロマンチックに報じる傾向があります。



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