アラウキ殺害は米国憲法違反か?

2011.10.2


 military.comによれば、イスラム過激派の精神的指導者、アンワル・アル・アウラキ(Anwar al-Awlaqi)がイエメンで殺害されたことは、アメリカがどれだけテロ容疑者を追い詰めて、暗殺できるかについての議論を再燃させました。

 弁護士でコメンテーターのグレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald)は、アウラキを何らかの犯罪で告発するための努力とアメリカに対する何らかの攻撃に関与したという「相当な疑い」はなかったと言いました。「彼は、裁判官、陪審員、執行者をかねた大統領に殺すよう命じられただけです」と彼はSalon.comに書きました。「一番驚くのは、市民たちが抗議しないだけでなく、同国民を暗殺するという米政府の新しい権力に立ち上がって喝采を送っていることです」と彼は付け加えました。

 昨年、公民権擁護団体が聖職者の父親、CIAが合法的な手続きなしに米国市民を殺害する命令を出したのは憲法違反だとして、ナセル・アル・アウラキ(Nasser al-Awlaqi)に代わって訴訟を起こしました。裁判官は、深刻な憲法上の問題があるものの、アウラキを狙うことで政府を法的に阻止することはできないと言い、訴訟の内容を裁定することなく却下しました。「単に彼がテロ組織の危険なメンバーであるという断定に基づいて、(大統領は)何らかの司法手続きを与えることなく米国民を暗殺する命令を出せるのでしょうか?」と地方裁判所判事、ジョン・ベーツ(John Bates)は12月に書きました。

 米情報機関が彼を攻撃と結びつけたあと、2010年4月に米当局者はオバマ政権がアウラキを殺害するよう承認する希有の手続きを取ったと言いました。

 ブッシュ大統領の広報官だったアリ・フライシャー(Ari Fleischer)は、この行動はテロリズムと戦う攻撃的な行動が必要であることを示していると言いました。「ブッシュが憲法に違反したという人たちは、裁判なしで無人機を使ってアメリカ人を殺すことを非難するのでしょうか?」と彼はツィッターで言いました。

 法律上の問題にも関わらず、多くの議員はアウラキ殺害を歓迎しました。

 下院国家安全委員会の議長、共和党のピーター・キング下院議員(Representative Peter King)は、アウラキ殺害を「アルカイダとその提携者たちとの戦いにおける偉大な成功」と呼びました。「過去数年の間、アル・アウラキはオサマ・ビン・ラディンよりも危険にすらなりました。アル・アウラキを殺害したことはオバマ大統領と情報機関の男女へのとてつもない贈り物です」「彼はアメリカに対する憎悪に火をつけ、アル・アウラキが死んだので私たちはより安全になりました。私たち彼が信奉して広めた暴力的なイスラム主義のイデオロギーと戦い、権威を失墜させる努力を続けなければなりません」。

 昨年、米議員団はアルカイダのような過激派グループに参加したアメリカ人の市民権を剥奪する法律を明らかにしました。しかし、この努力は適法な手続きが不足すると思われると言った人たちにより批判されました。

 前CIA長官の国防長官、レオン・パネッタ(Defense Secretary Leon Panetta)は昨年、ABCニュースに「アウラキはテロリストで、もちろん米国民ですが、彼はなによりもまずテロリストであり、私たちは彼をテロリストとして扱うつもりです。私たちは暗殺リストを持っていませんが、私はあなたにこう言うことができます。私たちはテロリストのリストを持っていて、彼はそれに載っていると」と言いました。

 military.comによれば、別のアメリカ人過激派のサミル・カーン(Samir Khan)がアウラキを殺害した空襲で死亡しました。彼は英語のアルカイダのウェブマガジンを出版した人物です。記事は彼の経歴について書いていますが省略します。


 アウラキの経歴に関する部分は省略しました。カーンに関する記事は大半を省略しました。彼の経歴などを知りたい方は読んでください。また、アルカイダのウェブマガジンについては、過去に当サイトで紹介しています(過去の記事はこちら)。

 アウラキ自身はテロリストではなく、広告塔に過ぎません。彼自身は危険ではありませんが、彼に触発されてテロリストになる者がいることが危険です。しかし、彼は米国籍を持ち、彼の権利は米国憲法により保障されています。彼はCIAの無人攻撃機による爆撃で殺されました。ビン・ラディンは同時多発テロやその他のテロ事件を計画しましたが、自分ではやっていません。また、彼は米国民ではありませんでした。暗殺されたという点ではどちらも同じです。

 この問題を日本人の常識で判断すると間違えます。米国には、軍隊に国内では警察活動をさせないという伝統があり、そうした権限を政府が持つことに強い抵抗感があります。逆に、日本ではそういう権限を政府が持つことに抵抗感がなく、強力な組織やプロ集団に守られることに何か安心感を見出します。だから、かつて憲兵隊や特別高等警察のような組織が生まれ、現在でも検察特捜部に妙な期待を表明する人がメディアの中にすらいます。菅総理がビン・ラディン暗殺を聞いて、ノーコメントにすべきところを「大きな前進」と手放しで称賛したのも同じ理由です。政府にテロリストを攻撃する権利を与えれば、それは市民の弾圧に利用されると考えるのは、むしろ民主主義国では自然なことです。法律的に考えれば、アウラキ殺害は憲法違反です。しかし、政府が戦争を行う権限については、グレーゾーンがあると言われていて、法的に認められない場合でも、米政府は政府の権限を理由に行動してきました。それがアウラキ殺害でも起きたのです。

 成果の面から言うと、アウラキ殺害だけならそれほどの効果はなかったと思われます。しかし、カーンも死亡したという点で成果は小さくはないと言えます。2人をまとめて殺害したことは、アルカイダの英語圏の若者に与える影響はかなり減ったと言えるからです。

 ですが、彼らの後継者が出てくると、この成果はすぐに消えてしまう程度のものです。現在のところ、こういう候補者はいませんが、今後登場する可能性はあります。だから、アメリカ人はこの出来事をもっと控えめに受け取るべきです。



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