「Inspire」は偽物の可能性が高い

2010.7.19


 遅くなりましたが、アルカイダの英語版広報誌「Inspire」の実物が手に入ったので、真偽について考えてみます。本物を見ると、いくつもの疑問が湧いてきました。

 「Inspire」は最初から3ページだけが読める状態で、残りのすべてのページが文字化けしています。読めるのは順に、「表紙」「編集者の挨拶」「目次」です。こういう間違ったファイルを公開してしまった場合、すぐに正しく読める修正したファイルをアップロードするはずですが、今のところ、そういう報道はありません。あとであげるマックス・フィッシャー氏の記事には、記事の内容に関する論評がありますが、そこまで評価できるほどの内容すらありません。半ページ程度の「編集者の挨拶」の他は、写真と目次しかないのです。「編集者の挨拶」を読むと、多少なりともイスラム教の知識がある者が製作したことは分かりますが、ここからはそれほど多くの見解を出せそうにありません。「編集者の挨拶」については、もう少し検討して、何か分かったら追加します。

 目次に示された記事のタイトルから記事へジャンプする機能はありません。アイマン・アル・ザワヒリの「Message To The People of Yemen」やオサマ・ビンラディンの「The Way to Save The Earth」といった主要な記事へも、リンクがないのです。

 フィッシャー氏が書いた「アルカイダのマガジンを疑う5つの理由」から、5つの理由を訳出しました(記事はこちら)。

(1) ビンラディンとザワヒリは極度に秘密主義で、メディアには滅多に、直接に声明を出すことはありません。彼らにとって、第三者、特につながりが少ししか、あるいはまったくない、イエメンに拠点を置くAQAPが出版した出版物に執筆することは普通ではありません。しかし、このマガジンの制作者が単に彼らが出した古い声明をコピーした可能性はあります。

(2) 「ママのキッチンで爆弾を作ろう」のような、このマガジンの言葉は、英語力の欠如と自己パロディの気楽な感覚の両方を反映しています。AQAPは、どちらでも知られていません。イエメンにいることが彼の関与を最もらしくするアウラキは、ネイティブで流ちょうな、高い能力を持つ英語の話し手です。彼の激烈な英語の説法にユーモアはありません。

(3) マガジンはアブ・ムサブ・アル・スーリの小論を含みます。しかし、アルカイダとのつながりが不明確なスーリは、2005年以来、グアンタナモか、おそらくはCIAの秘密施設に監禁されています。しかし、ビンラディンと同様に、単に古い声明をコピーした可能性があります。

(4) アナリストは私に、PDFファイルは適切に読み込めないか、トロイの木馬を持っているかのいずれかだと言いました。アルカイダとAQAPは、こうした問題を持たないPDF出版物を何度も制作し、配布しているので、これは普通ではありません。アメリカの防諜組織がレポートを作り出したとか、アメリカの工作員がオリジナルファイルにウィルスを添付したのなら、トロイの木馬は本当にすぐに、単なる市販のウィルスソフトで検知されたでしょう。きっと、アメリカの防諜組織は、彼らが好きに使える、探知されにくいウィルスを持っています。

(5) ウェブ上の「ジハード」のコミュニティ自体が疑っているようです。レポートは、特に明らかな重要性があるウェブフォーラム上で少しの注意しかひきませんでした。こうした知名度の高い人物を含んだ出版物は、通常、現状よりもずっと大きな注意をひくものです。

 フィッシャー氏は、「Inspire」がアメリカの防諜組織が制作したことを疑っているようです。しかし、真相は不明のままで、最も可能性の高い犯人は、ジハーディストの間にトロイの木馬をばらまきたいアメリカのハッカーだとしています。フィッシャー氏は指摘していませんが、ジハーディストを捜索するために、トロイの木馬を持ったファイルをばらまき、誰がダウンロードしたかという情報を送信するトロイの木馬をアメリカの防諜組織がばらまく可能性は否定できません。そうだとすると、マガジンはあまりにも雑な作りだと、私は考えます。アメリカの防諜組織なら、少なくともしばらくは本物だと信じ込ませるだけのものを制作するはずです。3ページの偽マガジンを作るのなら、ハッカーにも可能です。英雄になりたがったハッカーが、これを制作して、情報を収集して当局に通報し、喝采を浴びようとしたのかも知れません。

 フィッシャー氏の指摘の中で興味深いのは、監禁されているはずのアブ・ムサブ・アル・スーリの記事が掲載されていることです。偽文書を見破るポイントの一つは、当事者が書いたのなら、間違いようもないことを書き間違えていないかを確認することです。しかし、フィッシャー氏が指摘するように、これは監禁される前のスーリの声明を収録したのかも知れません。どちらにしても、記事を読めないので確認しようがありません。

 また、トーマス・ヘグハンマー氏(Thomas Hegghammer)は、アルカイダが英語の広報誌を出すのは、今回が最初ではないと、報道の内容そのものの誤りを指摘しています(記事はこちら)。1990年代前半には、ロンドンに拠点を置くGIAの支持者、アブ・ハムザ・アル・マスリの支持者は1990年代後半、オーストラリアのイスラム教徒は1990年代中期から2000年代中期まで、こうした広報誌を持っており、これらは「Inspire」よりも高品質でした。その他、オンラインでのジハードのプロパガンダはウェブサイトやビデオ映像が中心です。英語でのプロパガンダは人々が考えるほど大きくなっていないことを指摘しています。記事はさらに続き、重要な事柄も書いてあるので、是非読んでください。

 以上、現在までに分かったことを列挙しました。今のところ、最終的な結論は出せませんが、次のことが言えます。「Inspire」は偽物である可能性が高く、アラビア語、イスラム教の知識を持つ者が制作しました。制作者は不明。その目的も不明。

 まだ時間が十分になくて、この問題を調べ切れていません。何か分かったら、追加報告します。

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