政治的な理由で沖縄に駐留する海兵隊

2010.10.16

 military.comによると、「The Japan Times」が普天間問題で危機に陥った日米軍事同盟ですが、尖閣諸島の事件で、日本は米軍の新しい役割を再検討していると報じました(該当記事はこちら)。

 記事は、普天間から尖閣諸島までの問題を整理して、専門家のコメントを付け足したものです。大体のところは、日本人が報道で知っていることばかりです。冒頭から、日本が海兵隊を必要としているという意見を多く紹介していますが、最後に沖縄国際大学の佐藤学教授の反対意見が載っています。その部分をすべて紹介します。

 しかし、沖縄国際大学の佐藤学教授は、海兵隊は軍事的な必要性ではなく、政治的な理由で沖縄に配置されたと主張します。

 「1956年まで、(在日)海兵隊は岐阜県と山梨県に拠点を置きました」と佐藤は指摘しました。

 1950年代に日本の国民が米軍の駐留に強く抗議した跡で、米軍は海兵隊基地を沖縄に移動することを決めました。その時、沖縄は依然として米軍統治下にあり、1972年になって、ようやく日本に返還されました。

 「海兵隊は軍事的な理由で沖縄に再配置されたのではありません」と佐藤は言いました。「彼らは政治的な見地により沖縄に連れてこられたのです」。

 沖縄の海兵隊員の多くは若く、厳しいジャングルの訓練の間に相当な量のストレスを経験するので、彼らが街へ出た時、トラブルは不可避だと佐藤は言いました。

 「これは完全に理想的な社会構造ではありません」と彼は言いました。「外国の軍人が未だに街のいたるところを歩き回るという事実は正常ではありません」。

 佐藤の大学は宜野湾市の普天間基地の隣に位置し、ヘリコプターがキャンパスを飛び越えます。2004年、1機がキャンパスに墜落すらしました。

 「沖縄の最大の負担は海兵隊です」と佐藤は言います。

 「私は、なぜ日本が彼らが必要としない軍事戦略の視点で、アメリカと交渉できないのかが理解できません」。

 基地問題の専門家である佐藤は、民主党が率いる連立与党が、沖縄本島よりもより北の辺野古以外の代替地を見つけられず、基本的に元の2006年の日米協定に戻ったことに深く失望させられました。

 「アメリカは世界の警察部隊であり続けることが難しいのを見出しつつあります」と佐藤は言いました。

 「それは優先順位をつけて、より小さな紛争を持つ地域から撤退し始めています。…長い目で見れば、米軍のプレゼンスが必要ではないかも知れませんが、すべては日本が辿るであろう外交の方向に依存しています」と彼は言いました。


 元は海兵隊は本州に駐屯し、日本の世論に押されて沖縄に来たという点が重要です。

 普天間問題が浮上すると、沖縄に海兵隊がいるのは、その位置が重要だからだという意見が出てきました。海兵隊は即応部隊であり、沖縄にいることで、周辺地域の有事に対応できるという説明です。

 しかし、海兵隊を運ぶ揚陸艦などの艦船は沖縄ではなく、佐世保港にいて、有事になると沖縄まで航行し、海兵隊員を積み込んで戦地へ向かいます。本当に即応部隊ならば、揚陸艦も沖縄に配置することになるはずです。上陸作戦を支援する空母攻撃群は横須賀を母港としており、これらも揚陸艦を護衛し、地上戦を航空戦力で支援するために、海兵隊と共に行動します。艦隊はそれぞれに準備を整えると、艦隊を組み、戦地へ向かうのです。沖縄でなければいけない理由はなく、日本のほとんどの場所が候補地になることは、これらの事実でも分かります。

 ところが、日本では軍事的な理由だとする見方が主流です。海兵隊は軍隊だから、沖縄にいるのは軍事的な理由があるためだという、とても素朴な考え方を採用しているのです。こうした見解は政治家とマスコミによって、国民に広くばらまかれています。しかし、軍事問題を眺めていると、軍人も結構政治的であることが分かってきます。

 話が飛ぶようですが、ボブ・ウッドワードの「Obama's Wars」を13日に手に入れました。少しずつ読んでいるところですが、この中にそうした政治的な軍人の動きが書かれています。

 ロバート・ゲーツ国防長官がオバマ政権でも留任した理由にそれがあります。ゲーツ長官は国防総省に来て、ある実態を知って衝撃を受け、それを改革するために留任したいと考えたのです。その実態や改革は、このサイトでもご紹介したことで、私は思わず「さもありなん」と笑ってしまいました(関連記事はこちら)。国防総省には、未来の戦争の準備を担当する者が多く、現在進行している戦争を支援する者が少なすぎるというわけです。

 ゲーツ長官がIEDに対する防護力を持つ車両「MRAP」を導入しようとしたところ、軍高官たちは反対しました。MRAPは高額であり、大量購入すれば、F-22などの他の新兵器の開発の予算が削られるかも知れないと恐れたのです。国防総省勤務になったからには、新兵器の開発に携わり、成果をあげたいと考える米軍人たちの願望。その結果、現在進行している戦争に対する支援が薄まるという皮肉。軍事的と言うよりは政治的です。世の中は、案外、こんなものなのです。



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