クラスター爆弾禁止条約の問題点

2008.6.4



 クラスター爆弾禁止条約(公式サイト)が111ヶ国の参加により成立しました(spacewar.comの記事はこちら)。これから参加ヶ国の議会で批准手続きが取られ、12月2〜3日にかけてオスロで署名が行われて成立します。

 ここでこの問題について考えてみたいと思います。この条約は、武器禁止条約について考えるよい教材になります。それは、単に「平和のための条約だから賛成」ではなく、その中身を見て判断できる人を増やすためです。

クラスター爆弾に関する誤解

 クラスター爆弾を散布式の地雷と混同したり、民間人を狙った兵器と誤解している人がいます。

 散布式地雷は航空機から地雷を投下し、地雷原を作ります。クラスター爆弾は小型の爆弾(子爆弾、submunition)を大型の爆弾に入れて投下し、空中でばらまいて子爆弾を地上に落下させて爆発するという仕掛けです。ほとんどの子爆弾は爆発しますが、一部が機能せずに不発弾として残り、それが長らく残存して被害をもたらします。しかし、それがこの兵器の目的ではありません。あくまで、投下時の爆発で広い面積を破壊することを狙っています。

 クラスター爆弾のニュース映像を注意してみると、空中で爆発してしまう子爆弾もあることが分かります。このように、技術的にすべての爆弾を爆発させることはできないのです。

 しかし、クラスター爆弾の中には、子爆弾が地雷というタイプもあります。散布型地雷とクラスター爆弾が同じ物を指す場合もあるのです。今回成立した条約には「この条約は地雷には適用しない」(第1条3項)と書かれています。この条約が地雷と子爆弾を分けている点に注意が必要です。これには、地雷もクラスター爆弾も自衛用の武器という評価が多いため、すべてを禁止すると条約に参加する国を減らすという問題を回避する意図がありそうです。また、不発弾と地雷は別物という認識もあるのでしょう。先日、140年前の砲弾が爆発して、武器コレクターが死亡した事件を紹介しました(記事はこちら)。不発弾は起爆可能な状態になっており、いつ爆発してもおかしくありません。それに比べると、地雷は踏んで起爆装置が動作しないと爆発しません。また、対人地雷禁止条約によって、ある程度は地雷の制限は実現している点も考慮されているのでしょう。

 通常の爆弾とクラスター爆弾が違うのは、効力範囲を拡げられ、しかもその威力が均一に近い状態に出来るからです。通常の爆弾は落下地点で最大の破壊力を持ちますが、そこから離れるに従って、急速に威力が減少します。クラスター爆弾は威力の均等な子爆弾を広く散布できるので、こうした欠陥がないのです。

 一部で、クラスター爆弾について何か特別な兵器であるかのような解説が行われています。「しんぶん赤旗」は、2008年3月20日号で「クラスター爆弾は子どもたちの興味をひくようにつくられているため、手にとるのをやめろといってすむことにはなりません。」と説明しています。これは子どもの被害者が多いことに由来する連想であり、間違っています。

 陸上自衛隊は多連装ロケットシステム(MLRS)、航空自衛隊はCBU-87などのクラスター爆弾兵器を保有しています。自衛隊での運用方法について、ウィキペディアの「クラスター爆弾」のページには次のような記述があります。

 航空自衛隊は不発弾率の高い旧式クラスター爆弾を保持しており、水際作戦で使用された場合には不発弾による事後被害が日本国民にも及ぶことが予想できる。しかし、冷戦構造が過去のものとなった欧州等とは違い、中国、北朝鮮等といった仮想敵国が近隣に存在し、日本の長い海岸線を守るために有効な兵器であった対人地雷が条約により禁止されたため、日本の安全保障を考える上では、代替兵器の保有は必要不可欠であるとされる(さもなくば、長い海岸線にかなりの数の戦闘員を配備せねばならなくなる)。

 「日本の長い海岸線」という表現は、日本人の一般常識に依存した意見であり、軍事的な評価とはいえません。大規模上陸に適した海岸線は限られており、北海道でも上陸に適した海岸は数カ所しかありません。それら以外の場所でクラスター爆弾を使う必要はありません。「中国、北朝鮮等といった仮想敵国が近隣に存在」も、どちらの国も大規模な上陸作戦を行う能力がなく、政治的な意図もないことを無視しています。こうした条件が認められるのなら、この禁止条約のさきがけとなったベルギーが平地で隣国とつながっており、過去何度も侵略を受け、2度の世界大戦でも侵略されたことから、最もこの条約に反対する立場にあるといわなければなりません。欧州はEU圏内での戦争は消滅したものの、国同士は陸続きであり、周辺国との軋轢はいつ起こるか分かりません。これらの国々に仮想敵国がないとは言えません。これは誰かを同意させるために使われる言葉のトリックでしかありません。

 クラスター爆弾がないと、海岸に大勢の戦闘員を貼り付けなければならないというのもおかしな話です。クラスター爆弾は戦闘の主力ではありません。その有無に関わらず、海岸線を防衛する戦闘部隊は必要です。クラスター爆弾は戦闘部隊を支援するための武器であり、それだけで国防の力となるわけではないことを、この記事は忘れています。

 特に、北朝鮮軍の能力は誇張されすぎています。海上自衛隊の艦船は北朝鮮の沿岸海域まで行って作戦を行う能力を持っていますが、北朝鮮の海軍に日本の沿岸で同じことをする能力はありません。その代わり、北朝鮮は沿岸防衛用の武器は沢山持っています。実は、装備品を見る限りでは、北朝鮮海軍こそ「自衛隊」であり、海上自衛隊は外征能力を持つ普通の海軍なのです。このことを日本人はまったく誤解しており、不審船程度で北朝鮮海軍に脅威を感じています。北朝鮮には上陸船団を護衛するための戦闘艦も空軍機もほとんどありません。輸送船団を日本に接近させたら、海空自衛隊の攻撃により、すべては日本海に沈んでしまいますし、そもそも輸送船団すらないのです。

 制服組がクラスター爆弾廃絶に反対するのは当然ですが、それは軍事的な理由ではないでしょう。これまでMLRSに携わってきた隊員の行き場が危うくなると思っての反対だと見るべきです。しかし、完全な廃絶までには8年間もの猶予があります。その間に隊内の処遇は完了します。いまはショックが大きいから反対意見が出ているだけです。

条約の骨子

 今回の条約は出発点であり、これですべてのクラスター爆弾が禁止になったわけではありません。第2条2項に対象となるクラスター爆弾の定義が書かれています。

2.「クラスター爆弾」は、それぞれが重量20kg未満の爆発性の子爆弾を散布あるいは発出し、それら爆発性の子爆弾を含有する通常型の爆弾を指す。以下のものは指さないものとする。

(a)発煙弾、煙幕、花火あるいはチャフを放出するように設計された爆弾または子爆弾、あるいはもっぱら航空防衛の役割のために設計された爆弾。

(b)電気的または電気工学的な効果を生じるように設計された爆弾または子爆弾。

(c)周囲への影響を避け、爆発しなかった子爆弾がもたらす危険を避けるために、以下のすべての性質を持っている爆弾。

(i)それぞれの爆弾が十個に満たない子爆弾を含有する。
(ii)それぞれの子爆弾が4kgに満たない。
(iii)それぞれの爆発性の子爆弾が単一の標的物を探知し、攻撃するように設計されている。
(iv)それぞれの爆発性の子爆弾が電気式の自己破壊機構を装備している。
(v)それぞれの爆発性の子爆弾が電気式の自己不活性化機能を装備している。

 「子爆弾は爆発性である」という定義は、過去に榴散弾(または榴霰弾)といい、爆発しない散弾を放出するものもあったことを踏まえたのでしょう。最近は榴散弾は砲弾としてはほとんど使われていませんが、過去の歴史を踏まえて定義されているのでしょう。(c)の規定は、不発率の小さいハイテクのクラスター爆弾を除外するために設けられたのだと考えられます。こうすることで、条約を成立しやすくしたのです。

 これで世界が安全になったと思うべきではありません。先日、調布市国領町で大型の不発弾が見つかったように、通常の砲弾や爆弾でも不発弾は生じるのです。クラスター爆弾は対人地雷の場合と同様に、通常の爆弾に比べて除去に手間がかかり、民間人に被害を出しやすいために禁止されたと思うべきです。参加国でも条約に抵触しないクラスター爆弾を開発、製造、保持することはできます。これからも世界の状況に合わせて、この条約を改正していく必要がある点に注意を向けて欲しいと思います。

 とかく日本では、そうした具体的な議論が欠如しています。国会での議論でも、国際条約に関しては「この国際条約は平和に寄与するので賛成」といった、単純に過ぎる議論が横行しています。平和のために国際条約を結ぶのはもはや大前提であり、あえて口にする必要がないほどです。重要なのは、その内容をよく吟味することです。

反対意見について

 西村真悟衆議院議員のウェブサイトに、この条約に対する反対意見が掲載されています。

 西村氏は対人地雷禁止条約との比較として、こう述べています。

 まず、旧ユーゴスラビアに展開したカナダのPKO部隊が現地の女性に対して集団暴行を加えるという不祥事を起こす。カナダ政府は直ちに部隊を本国に召還して解散する。その後、此の不祥事によって失墜した国際的評価を挽回するために、カナダ政府はカンボジアなどで子供の被害が続いている対人地雷の全面禁止条約の旗を掲げる。

 こうしてオタワ・プロセスが始まったと西村氏は主張しています。この記事を読む限り、これが対人地雷禁止条約のすべてであると思えますが、実際には、これよりずっと前に禁止条約の試みは始まっていました。1990年初頭から、アメリカや国連を中心にして動きが起こり、1991年には米国ベトナム退役軍人財団とドイツのメディコインターナショナルが活動を始め、国際的な気運が長期間に渡って醸成されていったのです。オタワ・プロセスが始まったのは1996年になってからであり、カナダ軍の不祥事を隠蔽するために条約が作られたような説明は妥当性を欠いています。

 また、西村氏はあれこれと国際条約の欠陥を指摘していますが、現在の国際条約は不備があるのが普通です。本格的な国際条約の試みは最近軌道に乗ったばかりであり、現在も試行錯誤が続いているのです。完璧でないから駄目だという理屈に騙されてはなりません。国際条約をより適切な形にしていくのは、私たちの世代の、特に国会議員においては最優先の仕事です。

 地雷やクラスターがあれば出なくてもよい死傷者がアメリカ軍兵士にでれば、その時点で日米共同対処の体勢は崩壊するであろう。

 まず、対人地雷とクラスター爆弾がないことによって、米軍に一定数の被害が出たということを、アメリカがどうやって証明するのかという疑問が浮かびます。これは定量化できないはずの数字であり、それ故、政治的な議題にのぼることはないでしょう。

 そして、そのために日米同盟が崩壊することは、軍事的な見地からもあり得ない話です。これだけのことで、米軍が日本国内の米軍基地と、そのアドバンテージを放棄するとは考えられません。在日米軍の撤退は、朝鮮半島からの撤退を意味します。在日米軍がなければ、韓国軍の支援も不可能なのです。その韓国は、北朝鮮への対応を巡って始終アメリカと対立していますが、それを理由に米軍が一部でも撤退したことはありません。もうお分かりのように、クラスター爆弾の問題は、米軍の日本からの退却を考えるためには無関係な問題なのです。

 従って、現在の時点において、我が国だけが地雷に続いてクラスター爆弾も放棄して、どうして国防が成り立つのであろうか。

 西村氏は、クラスター爆弾がないと国防が成り立たないと主張します。実は、これがこの議論で最も変な主張なのです。

 陸海空自衛隊はいずれも高い命中率を有する対艦ミサイル(自衛隊用語では対艦誘導弾)を持っています。これらは着上陸侵攻に備えて日本が独自に開発した兵器です。陸自の対艦ミサイルは水平線よりも向こうの艦船は攻撃できませんが、航空、海上自衛隊のミサイルは船や航空機から発射するので、この制限を受けません。

 作戦に用いる艦艇を破壊することで、その継続を阻止することができます。上陸部隊だけを殲滅しても、艦艇が残存していれば後続部隊を上陸させられます。敵が上陸に成功したとしても、艦艇が活動を続けられないのなら上陸部隊は降伏するしかありません。こういう部隊が、現在6個連隊あります。これらを半減する計画が進行中ですが、それを中止する選択肢が考えられます。

 クラスター爆弾がなくても、日本は強力な抑止力を保持できることは言を待ちません。

余談

 以前に、陸自の自走ロケットランチャーについて、元隊員から話を聞いたことがありました。どの機種かは聞きませんでしたが、おそらくMLRSの前機種の75式130mm自走多連装ロケット弾発射機ではないかと思われます。これはクラスター爆弾は発射できないものの、MLRSと同じく面で敵を制圧する兵器です。その人が扱った多連装ロケット弾発射機は、ジャイロコンパスが安定するのに時間がかかり、一端停車させたら長時間そのままにして、放置する必要があったそうです。訓練でもジャイロコンパスが動いてしまうと、その時点で訓練が中止されたといいます。

 当時、この兵器は対空挺用と位置づけられていました。つまり、敵の空挺部隊が降下し、集結したところに多数のミサイルを同時に浴びせて殲滅するのです。空挺作戦を行える場所は限られています。有事になったら、この部隊は予想降下地点付近で待機し、敵輸送機の一団が接近したら、必要に応じて移動し、降下地点にミサイルを撃ち込める場所に行きます。そして、偵察部隊から空挺部隊がいる地域の座標をもらったら、そこへ向けてロケットを発射するわけですが、この時にジャイロコンパスが狂っていたら、何の役にも立たないわけです。さらに、発射や再装填によってジャイロコンパスが不安定になるので、2度目の発射はほとんど期待できないことになります。私には信じられない話で、とてもそれ以上立ち入って聞けませんでした(聞くべきだったかも知れませんが)。

 このサイトで紹介しているウォーゲーム「TacOps」の中での話ですが、MLRSよりも榴弾砲の方が柔軟性に富み、使いやすい感じがあります。榴弾砲は一点を狙って目標を狙い撃ちできますが、MLRSは面を狙うため、逆に照準しにくいところがあります。一帯に多くの部隊がいる時でないと使う意味がないため、タイミングを決めるのが大変です。一番困るのは、友軍部隊が敵を少数しか視認できず、敵布陣の全体像がつかみにくい時です。当てずっぽうで発射して大きく外すと嫌なので、十分に情報を得てから使おうと考えるのですが、そのために時機を逸することもあります。敵がずっと一カ所に集結していればよいのですが、分散したり、移動している場合は、効果は期待できません。

 また、発射から着弾までにかかる時間の差のため、着弾する前に敵が移動してしまい、渾身の一撃のつもりが空振りに終わることもあります。MLRSは再装填に時間がかかりますが、榴弾砲は短時間で別の照準点へ向けて発射できます。おまけに、MLRSはひとつの戦いでは、そう何度も撃てません。視認できた敵部隊をコツコツと榴弾砲で叩いて戦力を殺ぐ方が有効だと思える時が多いのです。

 クラスター爆弾はとてつもなく威力のある兵器ではありません。あくまでも迫撃砲、榴弾砲、空爆と併用し、お互いの欠点を埋め合うことで威力を発揮するのです。だから、これがないから国防が成り立たないという主張は誤っています。特に、軍事マニアの中に廃絶を強く批判している人がいますが、こういう人は自分の知識に酔いしれ、悦に入っているだけです。

 最後に、軍事系メディアであるspacewar.comの記事には、条約に対して否定的な見解が一言も書かれていない点を指摘します。軍事系メディアだからといって、常に兵器を擁護する立場を取るわけではないのですが、日本でそう認識されていないところが困るのです。

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