BW社の発砲事件は法廷論争へ

2008.12.9



 2007年に、イラクのバグダッド市街で、ブラックウォーター社の警備員がイラク市民17人を死亡させた発砲事件で、被告たちがユタ州で始まる裁判で、FBIの主張を認める予定だとmilitary.comが報じました。

 この事件は当サイトでも関心を持って何度か紹介してきました(記事1記事2)。被告はドナルド・ボール(Donald Ball)、ダスティン・ハード(Dustin Heard)、エヴァン・リバティ(Evan Liberty)、ニック・スラッテン(Nick Slatten)、ポール・スロー(Paul Slough)で、いずれも元軍人です。さらに、もうひとり被告がいるようですが、氏名は書かれていません。ボールの弁護人は、裁判はイラク政府をなだめるための政治的なものだと述べ、ボールは罪を犯していないと主張します。

 今回の決定は被告たちが罪を認めるのとは違うようです。通常、海外で行われた犯罪の裁判はワシントン市で行われます。ユタ州で裁判が開かれるのは、この地域の陪審員がブラックウォーター社に好意的だと弁護士が判断したためです。それは多分、ユタ州が保守的な場所だからでしょう。記事には、ある上院議員が自分の汚職事件の裁判を有利な場所で開こうとして失敗した事例が書かれていますが、こうした難しい工作を成功させた被告の弁護人は大した腕前のようです。裁判の前に、弁護人がいくつかの訴訟を起こすことも予測されています。司法省は通常、海外で行われた犯罪の検察官を務める権限を与えられていません。米政府の契約業者はイラクで免責特権があります。この裁判には複数の法律問題がからんでおり、単純な殺傷事件の裁判にはならないのです。そこに気がついた弁護人たちは、これから始まる裁判を、事実関係で争うのではなく、法律論で争う方針だということです。それは当然でしょう。問題は発砲の正当性であり、それは現場に本当に武装勢力がいたかどうかにかかっています。武装勢力は「いなかった」とするイラク人と、「いた」とする警備員の目撃者の証言が対立することは目に見えており、明確に裁定する証拠がないのは明らかです。この場合、事実関係で争うよりも、政府の依頼を受けてテロリストと戦う民間軍事会社の法律上の立場を強調した方が有利なのです。民間人の陪審員は、法律の専門家よりも事件の真相を見抜く力があるといわれています。検察官と弁護士の両方に無関係な人間の方が、より客観的に物事を見るからです。しかし、法律問題で攪乱された場合、困惑して民間軍事会社に有利な判断をするかも知れません。そこに、弁護側の判断の理由が見出せます。

 この裁判に負ければ、民間軍事会社は活動する海外の至るところで訴訟を起こされることになります。ここで戦わずして、どこで戦うのか、というのが彼らの考え方です。民間軍事会社と軍人が民間人を殺傷した場合の裁判とでは、性質がまったく異なる点を記憶しておきましょう。


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