一筋縄ではいかない海賊問題

2008.11.24



 海賊問題に関する記事を紹介します。まず、military.comによると、ソマリアのイスラム武装勢力が、1億ドルの価値がある原油を積んだ巨大タンカーを乗っ取った海賊と戦うと述べました。また、別の記事は海賊問題の現状と問題点を指摘しています。

 武装組織アル・シャバブ(al-Shabab)の戦士、アブデルガフア・ムサ(Abdelghafar Musa)は、イスラム教の国に属している船は奪われるべきではなく、我々は海賊と戦うと述べました。アル・シャバブとその傘下の組織がソマリア南部を半年間支配した時、海賊行為は行われていませんでした。現在、アル・シャバブ傘下の組織は分裂していますが、アル・シャバブが最有力組織です。

 この記事が言うところは意味深です。海賊の目的が政治的メッセージを発信することではなく、経済的な利益にあることは知られていましたアル・シャバブがメッセージを出したことで、イスラム武装勢力と海賊の間に、何の関係もないことが明らかになりました。従って、この二者を同一視することは無意味だと言えます。しかし、今や何でもテロリズムと結びつけたい時代です。元厚生労働省次官とその家族が殺傷された事件も、自首してきた犯人に政治的なメッセージはないとのことでした。彼が間違いなく犯人ならば、当初の年金問題がらみのテロリズムという観測は誤りだったことになります。何でもテロリズムと結びつけようとする現在の風潮は、判断を誤る元です。「テロと戦う人は正義」「テロリストは悪」といった、単純すぎる見方も世の中には存在します。今回のことで、各国政府とアルカイダの両方が海賊と戦うという、皮肉な構図になったことに気がつくべきです。国際政治も白と黒の時代からグレーの時代に移行しているのです。

 もう一つの記事は、まず専門家の見解を紹介しています。海軍の特殊部隊を派遣して、ハイジャックされた輸送船を襲撃し、海賊をやっつけて、人質を解放するのは、高い危険が伴います。他のハイジャックされた船には300人もの人質があり、彼らを高い危険にさらす上に、国連の命令、海事法、国際商船の指針を侵害します。一握りの艦船で警備する海域は地中海も広く、3百万平方kmもあります。NATOが3,900kmもあるソマリアの海岸線に対して派遣した艦船は4隻です。米海軍の第5艦隊は数隻の艦船を派遣しています。 ロシア、インド、マレーシア、デンマークが数隻の艦船を派遣しています。来月、EUがNATOの任務を引き継ぎます。年間20,000隻の船が行き交う海域で、警備船は直接的な武力攻撃の場合だけに認められる、制約が多い国連の命令の下で活動しています。海賊対策には、海賊を陸上で攻撃したり、ソマリア近海を商船に迂回させる方法が提案されていますが、専門家は非現実的だといいます。ソマリアを迂回すると航程が12〜15日余計にかかり、1日あたり20,000〜30,000ドルの追加費用がかかります。国際法上の司法権の問題もあります。現行の国際法は、たとえばフランス海軍が、乗っ取られたブラジルの船を攻撃し、ソマリア人の海賊を逮捕したような場合を想定していません。

 かつて、海賊といえば、イギリス海軍の過酷な生活から逃れた人たちが集まって、集団化したものでした。当時、下級の水兵たちの扱いは極度に酷いものだったのです。現代の海賊は、目の前を通る豊かな国の物資を頂こうという人たちです。彼らにとって、それは義務みたいなもので、目の前を通るお宝に手を出さないのはおかしなことなのです。彼らが目をつけたのは、国籍の違う船を何隻もハイジャックして、乗員を人質にすれば、どの国も関係国に迷惑をかけたくないので、強攻策を躊躇するということでした。船は海上にあり、貨物室や船室が細かく区分けされていることから、一気に制圧することはできません。海賊が船の中に分散し、それぞれが爆弾を起爆するスイッチを持っているとすれば、どんな特殊部隊も突入を断念します。考えてみれば、これは優れた戦略です。まさに、弱者が強者に勝つための最上の策です。いずれ根負けした各国政府は海賊と妥協しようとする、と海賊たちは考えているのです。海賊がこの戦略を続けるには、同時にすべての人質と船を解放しないことです。船を一隻解放したら、代わりの船をハイジャックしなければなりません。船が少なくなると、突入作戦がやりやすくなりますし、数がゼロになれば、各国の海軍は海賊掃討に乗り出します。

 各国政府がすべきことは、海賊からさらなるハイジャックをさせないことです。その上で、人質になっている船と人質を少しずつ解放させるしかありません。そういう確実な方法があればよいのですが、そのためには強いリーダーシップと一貫性のある戦略、それに運が必要です。どちらにしても、各国はさらに話し合い、協調し合う必要があります。記事にもそのことが指摘されています。しかし、それで問題解決するかどうかは不明です。その点では、海賊問題はテロ問題に似ています。しかし、両者の性質が違うことを見失えば、解決策は迷走するでしょう。


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