専門家が指摘:米陸軍は危機に瀕している

2008.11.22



 米陸軍のアナリスト、アンドリュー・クレピネヴィッチ(Andrew Krepinevich)が書いた論文「岐路に立つ陸軍(An Army at the Crossroads.)」(pdfファイルはこちら)が、65,000人の増員を中止し、未来戦闘システム(Future Combat Systems)の計画を放棄すべきだと結論しているとmilitary.comが報じました。

 論文は、戦略予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments)から発表されました。より簡単なスライド版で内容を概観できますが、これはおそらく論文を発表する際に説明用に作られたもので、本当の概略しか分かりません。そこで、記事から論文の概略を見てみましょう。

 記事は、論文の内容はむしろ「危機に瀕する陸軍(Army in Crisis.)」が相応しいと書いています。簡単に言うと、米陸軍は質が大きく下落しており、それを修復するのが先決だという内容です。

 兵卒から下士官まで兵士の質が急速に下落しています。陸軍は定数を満たすために、基準を引き下げました。ボーナスと1999年から2005年までに33%も増額された給与により、経済的な見返りによる勧誘が増えました。体重と体脂肪、高校卒業者の人数など、徴募割当を満たすために基準を引き下げ、より多くの者に「moral waiver」による入隊を認めています。通常、有罪判決を受けたことがある者は、米陸軍には入隊できません。しかし、「moral waiver」という制度を利用すると、それでも入隊できるのです。

 将校も質が落ちています。2002年にウェストポイント士官学校出の士官候補生の58%はもう現役ではありません。そこで、陸軍は大学を卒業していない者の階級を引き上げ、士官養成学校に送っています。現在、98%以上の大尉が少佐に昇進させられています。派遣期間を延長された兵士は、2007年と2008年の間に43%増加しました。その半数は下士官でした。能力の異なる歩兵と砲兵は、検問と家宅捜索(cordon-and-knock)を行う機械化歩兵へ転じました。

 高度に発達した軍隊の専門性は、非正規戦に向けて重みを増されるべきです。安定化作戦を行うために、15個の歩兵旅団戦闘団(IBCT)は安全保障協力旅団戦闘団(SC BCT)へ改造されるべきです。人件費の増加と全階級での質の低下のため、65,000人の増員は中止されるべきです。FCSは技術とコストの危機に直面します。FCSは正規戦に最適化されており、非正規戦の時代に最適な用法が示されるかは明確ではありません。

 以上は記事の概要ですが、論文のサマリーを読むと、もう少し論旨が分かりやすくなります。骨子中の骨子を述べると、過去、米陸軍は正規戦に対応するために改革を続けてきましたが、現在の不正規戦に対応するために大幅な改革が必要であり、そのために新兵増員とFCSは無意味だから止めるべきだ、ということです。新兵を増やしても、質が悪いのだから効果が薄く、もっと別のことをやるべきだという、合理的な意見であるわけです。

 以上が記事をざっと訳したものですが、これを見ると以前から指摘されてきたことばかりだということに気がつきます。このサイトでも、そうした記事を紹介し続けてきました。たとえば、報酬の増額と基準の引き下げについては、昨年7月に報じられていました(記事はこちら)。FCSへの疑問も3月と10月に紹介しています(3月の記事10月の記事)。

 田母神俊雄前空幕長の論文問題に話を戻しますが、こうした文章が軍隊に必要な論文というのであって、田母神氏の作文は論文とは言えません。田母神氏はこうした情報を集め、航空自衛隊員の見聞を高める努力をすべきだったのだと言えます。「国家観」という名前を持つ、単なる心構えの類について、いくら作文を書いたところで、軍人の質は高まりません。


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