吉進丸事件・感情で理性をねじ曲げるな

2006.8.20

 あまり大きく取りあげるつもりはありませんでしたが、いよいよ報道内容がおかしくなってきたので、再度取りあげます。

 今日になって、地元でロシア警備艇の発砲音が聞こえたという情報が入ってきました。「ドーン!」という雷のような音を根室の女性が聞いています。この音は、自動小銃の音とはまったく違っています。また、テレビ局がロシア警備局に電話取材したところ、吉進丸が2発目の警告射撃で停船したことも分かりました。

 これらの情報から分かるのは、初期の「2発目の警告射撃が死亡した乗組員に命中した」という情報が誤っていたということです。警告射撃は、警備艇の機関砲と自動小銃のふたつから行われ、乗組員が死亡したのは自動小銃の発砲によってであり、報道ではふたつの武器が混同されていたのです。

 ロシア警備艇はまず機関砲で曳光弾1発を吉進丸前方へ撃ち、それでも停船しなかったのでさらにもう1発を撃って吉進丸を停船させたのです。この2発の発砲は警告射撃であり、吉進丸の乗組員に危険はありません。

 自動小銃を1発、2発撃ったところで、吉進丸側に分かる訳はなく、根室まで銃声は届かなかったでしょう。現に、女性が耳にしたのは「ドーン!」という音だけで、「ダダダダ!」という連射音ではありませんでした。

 ここで明らかになるのは、吉進丸が一度は停船したということです。おそらく、停船までのプロセスは18日の記事で私が推測したものに近いに違いありません。この時、ロシア警備隊員が乗ったゴムボートに体当たりをしようとしたのは、発砲を受けても仕方がない危険行為です。この状態ではロシア側が声で警告することはできません。無線で警告はできますが、その効果は薄いでしょう。私がゴムボートに乗っているロシア警備隊員ならば、躊躇なく操舵室の窓に向けて発砲します。自分たちを殺そうとする行為を、職権で認められた実力を行使して止めるのは当然です。ロシア側が警告射撃が偶然当たったと説明しているのは、操舵室に向けては撃たず、上方に向けて撃ったためでしょう。しかし、洋上は陸上と違い、常に揺れています。見かけ上、吉進丸の上を狙ったつもりでも、船の動きによってより下に弾が命中したとしても不思議ではありません。

 ロシア国境警備当局は、警備艇が吉進丸に警告射撃することは許可していましたが、射撃による強制停船の命令は出していませんでした。この命令の下で、警備艇から機関砲で攻撃したのなら命令違反ですが、吉進丸の危険行為に対して、隊員の身を守るためと、違反操業を取り締まる任務を遂行する目的で臨機的に発砲した場合、正当防衛が成り立ちます。ロシア軍事検察は発砲が正当だったかを捜査する方針とのことですが、これまでの情報が正確なら正当防衛という結論にしかなりません。また、海上保安庁であっても発砲するかも知れない状況です。たとえば、警察官が暴走車を追跡して停止させ、運転手に近づいたところ、車を急発進させて向かってきた場合、警察官が無警告で発砲して運転手を死亡させたとしても正当防衛だというのと同じ理屈です。

 この事態の責任は、この時に舵を握り、船を再発進させた乗組員にあります。それは恐らく、船長であったと推測できますが、現在のところ、それも明らかではありません。

 呆れたのは、ここまで情報を入手しながら、ニュース番組の報道が未だに2種類の武器を混同し、死者が出るに至るまでのプロセスを整理し切れていないことです。その状態で事件を論評しようとするから、焦点が定まらないのです。また、危惧したとおり、北方領土問題と結びつけた報道ばかりなのも困ったものです。韓国漁船が日本近海まで来て操業するように、四島返還がなされたあとも、日本漁船がロシア領海に入る恐れは多分にあります。今回の事件の原因は、漁業という事業の特質にあります。

 外務省だけでなく、宮腰光寛副農相までが、ロシアのガルージン駐日臨時代理大使を農林水産省に呼んで抗議したのには呆れました。いまは抗議よりも事実関係の確認を優先すべきです。逮捕された乗組員に外務省のが面会したのだから、基本的な聞き取り調査くらいはできたはずで、その結果が公表されていないのはどういうことなのでしょうか。「ゴムボートが急に現れた」という船長の証言の意味は分かったのでしょうか? また、ロシア船員がもたらした、ロシア警備艇が日本領海内に入っていたという情報提供の確認はどうなっているのでしょうか。

 こんな小さな問題すら冷静に対処できないのなら、日本は武力攻撃事態には対応できないに違いありません。

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