吉進丸事件・危うい外務省の強攻策

2006.8.18

 坂下登船長が密漁を認める供述をしているという報道がありました。しかし、この供述が全面的に真実を語っているかどうかは即断すべきではありません。日本人船員は罰金か実刑のいずれかを科される状況にさらされており、船長がロシア側から自供すれば罰金で済むと説明を受けた可能性があります。この程度の利益誘導は、日本国内の刑事事件でも見られることであり、理解はむずかしくありません。

 反面、本当に密漁が行われていた可能性も十分にあります。元々、漁業はギャンブル性が高い事業で、大漁が見込めるとなれば無理をしてでも、見込みのある漁場へ向かう傾向があります。日本だけでなく、どの国も荒っぽい手法で漁をしているものなのです。特に、カニ漁は密漁が珍しくないといわれています。毎日新聞によれば、先月末ごろから中間ラインを越えて操業する漁船が増え、水揚げ量が500〜600kgから6〜7tに増えていました。恐らく、誰かが密漁に成功し、それが漁民の間に広まったため、続々と違法操業をするようになったのでしょう。そういう分野なのだから、地元の人にマイクを向けてもロシア批判のコメントが得られるだけです。

 ロシア側は迅速に遺体の返還に応じるようです。この状況で、外務省が「受け容れがたい違法逮捕」だと主張し続ければ、残る3名の帰国まで遅くなる恐れがあり、日本漁船に対してロシアは今後も厳しい警備活動を行うようになります。ここで心配になるのが、小泉政権以降、外交が先鋭的になったことです。「ぶれない」小泉外交を意識したポスト小泉候補である麻生太郎外務大臣が、ロシアに謝罪まで求めたのは事態を混迷させるだけです。遺体の早期返還を求めるのは当然ですが、すでに遺憾の意を表明しているロシアに謝罪を求めるのは無理というものです。あくまで先鋭的な外交を続ければ、ロシア側はおそらくは追跡中の吉進丸の映像を公開するでしょう。仮に、カニかごを投棄しながら逃走し、ロシアのゴムボートに船体をぶつけようとする吉進丸を見れば、日本国民はロシアの主張はやむを得ないと考えるようになり、外務省の追求は宙に浮くことになります。

 また、今回の事件を北方領土問題に結びつけるのはいけません。竹島問題で日本が体験していることをロシア側に感じさせ、事件の解決を遅らせるだけです。1)遺体を確実に返還させること。 2)3名の乗組員に対する寛大な処置を求めること。 3)漁船に対する警備活動において、もっとソフトな方法をロシア側に求めること。 4)日本の側でできる限りの防止策を講じること。これらについて努力目標を定めて行動すべきです。

 最近、戦前のように、政府が先鋭的な外交を展開すると国民が手を叩いて喜ぶ傾向が見られます。しかし、今回の事件はまだ状況がすべて明らかではありません。これまでの報道を総合すると、おそらく、ロシア警備艇は吉進丸を停船させた後でゴムボートで接近したのだと考えられます。しかし、ゴムボートが接近したところで吉進丸がゴムボートに船体をぶつけ、再び逃走しようとしたため、ロシア警備隊員が防御のために発砲したのではないでしょうか。ゴムボートを転覆させようとする行為が何を意味するのかをよく考える必要があります。洋上では船体が重い方が有利です。軽いゴムボートは簡単に転覆し、警備隊員を吉進丸のスクリューが巻き込む危険にさらされます。また、ロシア警備艇は落水した隊員を救助する必要があるため、その隙に吉進丸は現場から逃走してしまうでしょう。こうした場合、攻撃を止めさせるためにゴムボートから発砲するのは、ごく自然な行為です。間近から発砲した場合、吉進丸側も撃たれていることは分かります。こうした発砲は正当防衛であり、ロシア側の行動には落ち度はなかったこと判断するしかありません。この状況で正確な照準を要求するのには無理があります。しかし、ロシア側も効力射撃ではなく、威嚇射撃のつもりで撃ったため、また死者を出したいとは思っていなかったため、発表内容が混乱したのではないかと考えられます。

 こうした事実関係を確認しないと、この件で強硬な態度に出るのは足をすくわれる原因となるでしょう。こちらの弱みを認めた上で、ロシアに再発防止で協力を求める外交に切り替える方がよりよい結果を生むはずです。

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