アメリカの騒乱で戒厳令が出ない理由

2020.6.4



 military.comに よれば、米国防総省は、アメリカ全土にわたる抗議デモの中、警察が市民の不安を鎮めるのを助ける州兵数千人に加わるために待 機中の現役兵の小さな構成部隊に警戒態勢を命じました。しかし、前例のない状況は未だに戒厳令には程遠いと、法律の専門家は いいます。

 現在、ミネアポリス市(Minneapolis)で5月25日に警察の拘束中に死んだ非武装の黒人、ジョージ・フロイド (George Floyd)の死をめぐって抗議者たちが警察と衝突する中、28州とコロンビア特別区(the District of Columbia)で約20,400人の州兵が動員されています。

 国防総省はノースカロライナ州、フォート・ブラッグ(Fort Bragg)の第18空挺軍団の現役憲兵に、特別区へ行き、州軍の対応を支援する要請を待つよう命じましたが、これまでのところ、米陸軍当局は派遣について口を閉ざしたま まです。

 Fox Newsの報道によると、陸軍のUH-60「ブラックホーク」とUH-72「ラコタ・ヘリコプター」が月曜日の夜、デモが命じられた外出禁止令を過ぎたとき、抗議者の群衆 の上を低空飛行しました。火曜日、国防総省当局者は特別区の州軍にヘリコプターについて照会しました。

 米国領域でのこの最新の兵士の派遣は、3月からCOVID-19のパンデミックへの対応で、州兵約42,000人が動員さ れたことに引き続き、アメリカで戒厳令がはじまるとソーシャルメディア上で恐怖を煽る異常な事件になっています。

 「恐ろしい状況です。ウイルスと人種紛争が重なり、それが火薬の樽を作り出し、国中に大量の抑圧されたフラストレーション があります」と、シラキュース大学法学部名誉教授で、「銃後における兵士 米軍の国内での役割(Soldiers on the Homefront: The Domestic Role of the American Military)」の著者のウィリアム・バンクス(William Banks)はいいました。

 「こんなときに必要なのは、州、地方、国家における大人物による卓越したリーダーシップです」と彼はつけ加えました。

 ドナルド・トランプ大統領(President Donald Trump)は、暴動を止めるために米軍を使うと脅し、アーカンサス州の共和党議員、トム・コットン上院議員(Sen. Tom Cotton)が、知事や州議会の要請があれば法執行の任務に現役部隊を派遣できるようにする反乱法(the Insurrection Act)の制定を求めたことに支持を表明し、状況に対して強硬な態度をとっています。

 言葉は過激だけど、米軍の活用はいまのところ、まったく戒厳令に似ていないと、国防総省の報道官、クリス・ミッチェル陸軍 中佐(Army Lt. Col. Chris Mitchell)はMilitary.comにいいました。

 「我々はまだまったく近くにいません」と彼はいいました。「いま対応している兵士は、現在のところ州軍の兵士です。彼らは 州と地方政府を支援するためにいます」。

 ミッチェル中佐は「現実には、軍が宣言するようなことではありません」。

 戒厳令は、軍の指揮系統が民間社会の統制を敷くとき、通常は戦時に、民間の裁判所と政府が機能していないときに起こりま す。

 戒厳令は「異常な事態で、基本的には政府がまったく統制できていないこと、法律がないことを意味します。戒厳令は指揮官の 権限です」とバンクスはいいました。

 「アメリカで戒厳令が最後に布告されたのは、第2次世界大戦中のハワイでした」と彼はいい、日系アメリカ人が収容所へ入れ られた、真珠湾への日本軍の攻撃の後の軍の対応を説明しました。

 事実、戒厳令の制定のための「公に知られた手続きは存在しません」とバンクスはいいました。

 「何年か前、(国防総省内に)戒厳令の可能性を論じるいくらかの規則はありましたが、それらは規則から取り除かれました」 と彼はいいました。「我々はそれらを見られませんし、もう存在しているかすら知りません」。

 月曜日、トランプは通話(ワシントン・ポスト紙が入手した音声)の中で州知事たちに、抗議者たちに「もっと厳しくしろ」と いいました。彼は暴動に対処するために、第101空挺師団、第82空挺師団のような戦闘部隊から現役兵を派遣するコットン議 員の計画を支持するツイートをしました。

 「火事で街が焼かれたり、人々が傷ついたり殺されるような感覚がありますが、我々はこれを踏みつける必要があります」と、 ノースカロライナ大学チャペルヒル校の歴史と平和、戦争・国防の名誉教授、リチャード・コーン名誉教授(Richard Kohn)はいいました。

 しかし、デモ参加者を屈服させるために戦闘部隊を派遣することは、状況をさらに刺激し、米軍を危険な立場へ置くと、彼はい いました。

 「彼らはそれが危険だと知っています。彼らはアメリカ国民を守ることを望みます」と、空軍史部の主任で、1981年から 1991年まで空軍の主任史学者を務めたコーン教授はいいました。「軍指導層の圧倒的多数は、アメリカ国民の味方であり、支 援し、反対したり、そのように見せかけたりしてはならないことを理解しています」。

 典型的には、現役米軍隊員は、憲法や議会法が承認しない限り、法を執行するために軍隊の一部たりとも故意に使うことを非合 法化する1878年の民警団法(Posse Comitatus Act)によって逮捕をしたり、その他の法執行的機能を務めることを禁止されています。

 「それは基本的にアメリカ人が軍が法執行に関与することに持つ一種の文化的な嫌悪を増強します」とバンクスはいいました。

 現役兵は、騒乱と反乱を鎮圧することを含めた特定の目的のために大統領が国内に米兵を派遣できるようにする反乱法の下で法 執行の機能を演じる権限を持たされることがあります。それでも、戒厳令の状態にならなくても反乱法は発動できます。

 しかし、バンクスは州知事が州内で州軍部隊を動員することと、ホワイトハウスが現役兵をコミュニティ内に行くことを命令す ることには大きな違いがあるとバンクスはいいました。

 「州知事が州内の街に派遣した州軍部隊は、そのコミュニティのメンバーです」と彼はいいました。「そして多分、彼らは州知 事が法執行機関がコミュニティの中で民間の秩序を管理できないかもしれないと判断をしたために、州知事により招集されます。 それは警察へのバックアップです」。

 「大統領が事件を連邦化して軍隊を送ることに比べたら、ずっと軽いものです」とバンクスはつけ加えました。

 しかし、トランプがその路線を選んだとしても、地方、州と連邦政府当局が民間の騒動への対応を統制するだろうと、彼はいい ました。

 「おそらく、議会が開けて、大統領が生きていて健在なら、彼らは公共機関と法律をあるべきように効果的に運営できるので、 戒厳令の必要はありません」とバンクスはいいました。「異常事態で、アメリカでは極めて起こりにくいことです」。

 アブラハム・リンカーン大統領(President Abraham Lincoln)は南北戦争中にいくつかの州に戒厳令を布告したものの、米最高裁が1985年に終わらせたと、彼はいいました。

 「南北戦争に古い事例があり……最高裁は1865年のその事例で、政府が活動している限り、戒厳令は合法とならないといっ た」と、バンクスは説明しました。



 日本ではトランプが軍を群衆へと向けさせ、米国民もそれを支持するといった論調の報道がありますが、米国法の専門家たちは そんな見方はしていませんし、軍人たちも同じ思いです。

 日本では1905年の日比谷焼打事件、1923年の関東大震災、1936年の二・二六事件で勅令による戒厳令が敷かれ、戦 時には警備が必要な地域に臨戦地境戒厳が本土と外地の両方で何度も敷かれたことがあります。日本人は何度も戒厳令を体験して いて、今でもそれを必要悪と考えています。自衛隊が治安出動をしても、おそらく、抵抗なく受け入れてしまうでしょう。

 だから、アメリカでも同じだろうと考えてしまいます。暴力は悪いことでも、政権に対して抗議する権利まで奪うのは、これも また不法行為なのです。それは革命の可能性をまったく失わせる専制的な政治を望む思想です。

 アメリカでは、そういう歴史的経緯がありません。トランプ政権で首席補佐官を務めたジョン・ケリー退役海兵大将は、自然災 害という例外を除いて、兵士の仕事はアウェイゲームを戦うこと、と述べています。国内では活動しないのが米軍人の常識です。 (関連記事はこちら

 1998年公開の映画『マーシャル・ロー』は、陰謀をめぐらした米軍人のお陰で米国内に戒厳令が敷かれる政治サスペンスで す。国内に展開した連邦軍に対して、米国民は声援を送らず、拳を振り上げます。これはアメリカの歴史と法律を反映しているの です。

 アメリカでは州軍や連邦軍の一部が反乱を起こすか、ゾンビが大量発生でもしない限りは戒厳令を布告できません。

 私は2日に「大統領が頼りないなら、各地のオピニオンリーダーたちが地元民の不満をまとめ、それを州議会や連邦議会 で形にすることで、 事態の沈静化を図るしかないでしょう。鍵は市民が握っています。政権ではありません」と書 きました。奇しくもバンクス教授がいった言葉「こんなときに必要なのは、州、地方、国家における大人物による卓越した リーダーシップです」に共通します。大統領が国民に銃を向けろと、尻から火を吹いているようでは、事態は収拾で きません。亡くなったフロイドさんの弟、テレンスが「暴力は兄が望んでいることと違う」と群衆に訴えたり、ミシガン州ジェネ シー郡のスワンソン保安官のように「抗議ではなくパレードにしたい」と群衆に訴えかけるような人々が米全土で出てきます。そ ういう人たちが流れを変えるのです。馬鹿な大統領には何もできません。 

 


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