自民党改憲案の問題点【9条審判所編】

2020.1.22



 通常国会が召集され、安倍晋三総理大臣は所信表明演説で憲法改正への意欲をまた表明しました。

 自民党は平成24年に日本国憲法の改正案を公表していますが、その内容は拍子抜けです。

 自民党の政治家は、日本国憲法はアメリカが作った憲法だと盛んにいいます。その割には、自民党案は日本国憲法を元にしなが ら修正するスタイルで書かれていますので、ほんとうの意味で、新しい憲法を作りたくはないのかもしれません。どうせ改憲する なら、新しいスタイルで書き直すべきですが、そういうエネルギーは自民党にあるようには見えません。

 先の大戦の反省に鑑みると、第9条に関しては特に吟味が必要です。ところが、自民党は改憲案を示しながら、安倍総理がさら に第3項を追加する新しい案を示しました。これらのいずれを自民党が提案するつもりかすら、国民には分かっていません。

 安倍案は議論する価値のない愚案です。自衛隊を「戦力ではない軍隊」と規定し、矛盾を拡大し、国際法にも適合しないように 憲法を変えてしまいます。このような改憲案をすれば混乱が広がるだけです。

 ここでは自民党案から「審判所」の問題点を議論します。まずは条文を示します。(自民党草案はこ ちら

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序と基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による 威嚇及び武力の行使は国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保 持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全 を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動 を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事柄は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行 うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、 保障されなければならない。

(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければ ならない。

 自民党は、この「審判所」について、解説の「国防軍に審判所を置くのは、なぜですか?」の中で次のように書いています。 (解説文はこ ちら

 9 条の 2 第 5 項に、軍事審判所の規定を置き、軍人等が職務の遂行上犯罪を犯したり、軍の秘密を漏洩したときの処罰について、通常の裁判所ではなく、国防軍に置かれる軍事審判所で裁かれ るものとしました。審判所とは、いわゆる軍法会議のことです。

 軍事上の行為に関する裁判は、軍事機密を保護する必要があり、また、迅速な実施が望まれることに鑑みて、このよう な審判所の設置を規定しました。具体的なことは法律で定めることになりますが、裁判官や検察、弁護側も、主に軍人の 中から選ばれることが想定されます。なお、審判所の審判に対しては、裁判所に上訴することができます。諸外国の軍法 会議の例を見ても、原則裁判所へ上訴することができることとされています。この軍事審判を一審制とするのか、二審制 とするのかは、立法政策によります

 気になるのは「軍事上の行為に関する裁判は、軍事機密を保護する必要があり」としていることです。最初から 非公開裁判を認めるかのような文言です。アメリカでは軍事裁判は公開され、報道されます。

 「軍事上の行為」を裁くために秘密にしなければならないことはさほどなく、必要に応じて裁判官、検察官、弁護人だけで議論 すればよいだけです。そもそも秘密にしていることは公言できないので、彼らが公判でそれを口走るような事態は起きません。弁 護人が民間人でも、軍の機密は知らないから問題はありません。

 自衛隊は異常に秘密主義の組織です。他の軍隊では公開していることまで秘密にしています。「敵に手の内を見せない」という 大義名分を、いまでも自衛隊は最大限に活用しています。

 その自衛隊の不祥事を裁くときに、公判を非公開にしたら、国民が知らなければならない事柄が隠されてしまいます。あるい は、非公開裁判にすることで、被告の自衛官の権利が不当に侵害されるかもしれません。これは民主主義国としてあり得ないこと です。

 さらに、自民党案は「軍法」を制定するのか、現行の法律の中で裁くのかも明らかにしていません。

 現行の自衛隊法や部隊の内規は米軍の軍法に比べると、著しく緩いことで知られます。さらに、憲兵に相当する警務隊は不祥事 を厳しく摘発するよりは、事件を小さくする方向で活動しますし、監視機能力がある犯罪捜査部を持ちません。

 こういう環境ですから、米軍並みの厳しい軍法にするのか、現行のままで行くのかにより、改憲の意味はまったく変わります。

 現行の法律のままなら、ただでさえ緩いものを自衛官が中心となって、さらに緩く解釈し、米軍に比べて容認できないほど緩い 判決が出るのは間違いありません。

 自民党は自衛隊に、一般の法律家が運営する裁判では、彼らが軍事を知らないために、自衛官が不当な判決を受ける恐れがある と説明しているようで、自衛隊OBらは、そのような主張をします。任務上の過失だから、免責されて当然と考えています。つま り、審判所では、そうしないための緩い裁判が予定されているのです。

 米軍並みの厳しい軍法を制定した場合、自衛官にその準備がなく、逆に部隊内で混乱が起きます。軍法は必ず日常の業務、さら には日常生活にも影響を与えるからです。たとえば、米軍の軍法は不倫に「不適切な関係」という罪名を与えて裁いていますし、 政治活動も厳しく制限しています。

 米軍の軍事裁判で、アフガニスタンにおいて、民間人3人に発砲を命じた小隊長が軍刑務所に収監19年の判決を受けたことが あります。19年の刑期は非常に厳しいものです。このような処遇に自衛官が耐えられるでしょうか。

 軍法は非常に広範な法体系ですから、注意して内容を決めないと、将来に禍根を残すことになりかねません。その概要すら示さ ずに改憲案だけを示しても、誰も議論の席にはつけないのです。

 現在、国会は両院とも自民党が優勢です。このような環境で審判所や軍法の審議をすれば、必ずや自民党が予定する緩い軍法と 審判所ができあがり、民主主義国の基準に満たない、緩い軍司法が完成します。

 海外に派遣された自衛官が誤って民間人を誤射した場合、重過失でない限り、免責にしてしまうでしょう。そういう判決は、ア メリカをはじめとする民主主義国の基準に合致していません。

 これが自民党改憲案の、国民には見えにくい問題なのです。



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