感情に揺り動かされるレーダー照射事件

2019.1.2


 韓国の駆逐艦「広開土大王(クァンゲト・デワン)」によるレーダー波照射事件は事件の真相はまだ「闇の中」、と私は考えています。

 「防衛省が公開したビデオ映像で真相は明らかではないか。韓国政府が嘘をついているのだ。対潜哨戒機の隊員が嘘つきだたというのか」という人は多いでしょうが、それは偏見に満ちた意見であり、客観的に軍事を考える場合には有害です。韓国にも似たような日本を批判する意見がありますが、これらは軍事を考える上では雑音に過ぎません。

 もちろん、広開土大王が故意にレーダー波照射をしたのが真相である可能性もあります。しかし、現段階ではそう結論する十分な理由はないと、私は考えます。

 韓国政府は防衛省が開示したビデオ映像にはレーダー波の周波数に関する情報が含まれていないといいます。防衛省は傍受したレーダー波の周波数は機密に関することだと、その開示を拒否しました。これは誤った判断です。

 周波数の公開は傍受能力を公にすることになり、こちらの手の内を明かすことになるというのが防衛省の意見です。

 ちょっと待ってくれ、と私は言いたくなります。

 広開土大王の射撃統制レーダーの機種は分かっていて、開発元のホームページにはレーダー波の帯域が書かれています。つまり、レーダー波の周波数の下限と上限は分かっています。レーダー波の周波数はこの範囲のどれかだったはずで、何通りに周波数を設定できるかは分からないものの、防衛省が適当に周波数を言って的中する確率はかなり低いはずです。つまり、防衛省が周波数を公開することは事件の核心を突くものです。日本政府がこれを拒んで韓国政府から反論されることになるのは当然です。

 防衛省はレーダー波の照射を公にすることは隊内で禁じている機密の開示にあたるので公にできないと考えているだけです。しかし、実質的な面からは何の問題もありません。

 そもそも、レーダー波の照射を受けたことを公にした時点で機密を開示したも同じです。

 確かに傍受したレーダー波の強度を示す数値は、どれくらいの精度で解析できるかを示すので、機密にすべき事柄です。しかし、周波数はずれて受信するはずもないものです。だから、レーダー波の照射を受けたと発表した時点で、解析能力を開示したも同じだといえるのです。日本政府に周波数を開示する気がないなら、そもそも事件を公にするべきではありませんでした。まして、容易に駆逐艦を目視できるくらいのごく近距離での傍受ですから、どれだけ遠方で傍受できるかという能力までは開示しません。

 周波数を開示しないことには、韓国政府を納得させることはできません。駆逐艦で誤操作や意図的な照射がなかったかを調査する動機の誘因にもなりません。

 事件はこれ以上進展しようがありません。要するに、なんでも秘密にしたがる防衛省が墓穴を掘ったのです。「敵に手の内をさらす」とは、防衛省の常套句ですが、これはしばしば逆効果を生んでいます。

 韓国政府を追求する方向も適切ではありませんでした。ハードウェアのトラブルの可能性を最初から排除したからです。広開土大王が故意にやったとしか考えず、自民党の国防部会は韓国を追求しろの大合唱となりました。ちまたには韓国軍の叛乱説まで流れました。

 ハードウェアのトラブル源は駆逐艦と対潜哨戒機の両方を想定しなければなりません。しかし、対潜哨戒機にレーダー波の記録が残っている以上、存在しないレーダー波を機材が記録するのは考えにくく、広開土大王側に誤操作か意図的な操作、ハードウェアのトラブルがあった可能性の方が高いと考えられます。光学カメラはレーダーと連動して動きます。広開土大王は光学カメラを動かしたことは認めていますから、光学カメラが対潜哨戒機を向いたときには射撃統制レーダーも対潜哨戒機を向いているのです。このときにレーダー波が照射されれば対潜哨戒機にあたります。

 事件の解明のためには、韓国政府も情報を開示する必要があります。これまで韓国政府は日本側に立証責任があるという態度をとっているものの、当時の操作手順を再現して、誤った操作がなかったかなどを確認すべきです。たとえば、艦長が光学カメラを使えと命じたのを担当者がレーダーと勘違いしたといったミスです。

 あるいは、ハードウェアに未知の問題があって、カメラを動かしたときにレーダー波が照射されたのかもしれません。ハイテク機器はしばしば意図しない異常動作をします。それだけで航空機が墜落するような事故が過去に起きています。いくら韓国海軍がプロ集団でも、ハイテク機材は「ブラックボックス」として使っているに過ぎません。開発元のタレス社が作成したマニュアルに従って使っているだけです。もし、ハイテク機器に設計上や製造過程で生じた問題が隠されていたら、それは韓国海軍には知り得ないことです。韓国海軍はタレス社のエンジニアを呼び寄せ、綿密な動作チェックをさせるべきです。

 また、防衛省が公開したビデオ映像と光学カメラを動かしたタイミングが一致していないかを、まず確認しなければなりません。同じタイミングだったとすれば、レーダー波が照射された可能性は高まります。

 こういう検証が必要なのに、最初から韓国側が悪いと決めつけ、岩屋毅防衛大臣自らがその先頭に立ったことは失敗でした。まずは韓国に調査の強力を依頼する形にすれば、韓国政府も前向きに取り組んだかもしれません。しかし、自民党国防部会・安全保障調査会は12月25日にこの件で会議を開き、「政府が韓国側に証拠を突きつけて抗議し、謝罪を求める」ことで一致しました。事実関係を相手に確認させるよりも先に批判を先行させ、しかも自らも一部の証拠を開示しないという中途半端な態度では、何が得られるというのでしょうか。どこに落とし所を持っていくのかも明らかではありません。

 赤池まさあき参議院議員は自民党国防部会で「さらに、今回のみならず、一連の韓国の反日的行動、朝鮮半島出身者の我が国企業への賠償裁判、いわゆる慰安婦合意の破棄、旭日旗問題等もあり、韓国への渡航自粛、投資見合わせを発表すべき」と述べたと自身のブログに書いています。この事件を他の問題とも関係づけようとするのは、問題の解決をさらに遠のかせます。

 もはや日本の防衛は理論ではなく感情によって突き動かされています。こういう態度では、日本の将来はまったく危険なものになりかねません。 

 


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.