レーダー照射事件は日韓共に情報開示不足

2018.12.29
修正 2019.1.20


 12月20日、日本海上での韓国駆逐艦「広開土大王(クァンゲト・デワン)」が海上自衛隊哨戒機P-1にレーダー波を浴びせたとされる件について、両国内に加熱した議論がみられるので、知りうる範囲でまとめました。

 まず、双方の意見が真っ向から食い違う場合、相手が嘘をついていると決めつけることは失敗につながります。両方が正しいと思うことを述べているのに正反対のことを言っているように思われる場合もあるのです。そういう視点も持ちながら考えていきます。

 ここで取り上げるのはレーダーと低空飛行の件のみにします。無線に応答したかどうかは事件の核心からややズレているからです。

事件の場所

 いまのところ、現場がどこなのかははっきりしません。排他的経済水域(EEZ)内だったという情報はあるものの、それは日本海の真ん中付近までが含まれる広範な範囲になります。下の図で濃いピンク色の部分が日本の排他的経済水域です。

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 防衛省は現場を「能登半島沖」としていますが、日本政府やマスコミは数百キロ日本の領土から離れた場所も日本の地名の「沖合」と表現するのです。北朝鮮の弾道ミサイルが落下した場所も「千島半島の南」とした方が分かりやすくても「襟裳岬の東」と表現します。中国の領海内の場所を示す場合でも、「能登半島沖」という表現が使われているのです。

 今回公表されたビデオ映像からも位置を報告していると思われる搭乗員の音声は「ピー音」で消されているので確認はできません。韓国軍への配慮かもしれませんが、隠すことに大した意味があるとは思えません。

 韓国の報道では現場は「大和堆の南」です。下の図の矢印が示す水深の浅い部分です。真ん中に海嶺がありますが、大和堆はその南側の部分です。

 いずれにしても座標による説明がないので、場所がどこかは大まかにしか分かりません。そもそも、事件を把握するための初期的な情報がないのですから、これは両国政府の落ち度と言わざるを得ません。

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 現場の位置は状況を知るための材料になります。広開土大王は北朝鮮の遭難した漁船の救助を行っていました。救援要請がどこから来たのか、韓国政府は公表していませんが、おそらく、北朝鮮当局から連絡があったのでしょう。韓国本土からは遠いので、近くにいた広開土大王と韓国海洋警察の艦船に指示が行ったと考えられます。大和堆は北朝鮮の漁民(実際には大半が兵士ですが)がイカを捕りに来る場所として知られています。

2つのレーダー

 広開土大王には2つの武器用レーダーがあります。「MW-08」と「STIR-180」です。MW-08は360度周囲を警戒して接近する航空機を発見します。その情報に基づいてSTIR-180は目標の正確な位置を測定するために用います。そのデータが武器に入力され、攻撃に用いられます。MW-08はアンテナを回転させ、「面」で目標を探査します。そうして見つかった目標の位置へ向けてSTIR-180はピンポイントでレーダー波を当てて、正確な位置を測定するのです。広開土大王は艦の前後に2基のSTIR-180を持っています。

 防衛省の主張は、そういう攻撃前に用いるレーダーであるから、それを照射したということは少なくとも攻撃する意思を示したとか威嚇したことになり、友軍としてすべき行為ではないということです。実際にはSTIR-180のレーダー波を照射しても実害はありません。単にP-1の搭乗員が驚いたというだけです。レーザービームをパイロットの目にあてて視力を失わせるのは危険な行為ですが、それとは別物です。

 防衛省が28日に公表したビデオ映像の中で、広開土大王を通過した際、P-1の搭乗員が「レーダー回転中」というのが聞こえます。広開土大王に搭載されているアンテナが連続的に回転するレーダーは「SPS-49(対空捜索)」、「MW-08(低空警戒/対水上)」、「SPS-95K(航海用)」の3つです。目立つアンテナを持つのはSPS-49ですので、これのみを言ったのかもしれませんが、すべてのレーダーが回転しているという意味かもしれません。ビデオ映像を確認したところ、SPS-49とSPS-95Kは回転しているのがはっきりと分かります。MW-08も回転しているように見えますが、やや不鮮明です。しかし、STIR-180の光学カメラを使ったことは韓国軍も認めています。STIR-180がMW-08のデータを元に動くことを考えると、韓国軍の主張は間違っていないと考えられます。

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 防衛省は遭難者の救助は終わっていて、MW-08を使う意味はないと主張しているようですが、ビデオ映像は遭難した漁船の近くに海洋警察のゴムボートがあることを示しています。これは救助活動が進行中であることを示していて、その時点でレーダーを切ることは、むしろ可能性が低いといえ、主張として失当です。

低空飛行

 韓国政府はP-1が広開土大王の上空を低空飛行したといいます。防衛省が28日に公表したビデオ映像によると、P-1が広開土大王の後方を左舷から右舷へ通過するのが確認されます。おそらく、韓国政府がいうのは、この通過のことでしょう。韓国軍が主張するP-1の高度は305メートル(中央日報)と150メートル(読売新聞)です。

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 Google Earthの3D機能で呉港に停泊する広開土大王に比較的近い大きさの海上自衛隊の練習艦で飛行高度を検証しました。写真の右側の艦は艦番号が「3519」であることから「やまゆき」と分かります。

 広開土大王とやまゆきの大きさは以下のとおりです。単位はメートルです。

  全長 最大幅
やまゆき
130
13.6
広開土大王
135.4
14.2

 ビデオ映像と似たように見えるよう調整して、高度149メートルにすると、このように見えます。次の図はさらにビデオ映像に近い構図に調整した状態で、このときの高度は113メートルです。韓国軍の主張は間違っていませんし、150メートル以下を飛行した可能性も否定はできないように思われます。

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 防衛省はビデオ映像に「国際法や国内関連法令で規定されている高度及び距離以上で飛行」と字幕をつけていますが、通過した際の高度は示しませんでした。なお、国内関連法令は当然ながら国際法に準拠していないと意味がないので、国際法の規定に合致していたというだけで十分だったと思われます。現場は排他的経済水域ですから天然資源などに関しては優先権がありますが、日本の主権は及びません。つまり国内関連法令をいう意義は特にありません。問題は国際法が何かということで、これは韓国政府からもどれを指すのかと疑問の声が出ています。

 おそらく、防衛省は国際民間航空条約のことを言っているのだと思われます。その第2付属書にこう書かれています。

第4章 有視界飛行規則
4.6 離陸又は着陸のため必要な場合を除き、又は関係主管機関から許可された場合を除き、下記の高さでVFR飛行を行ってはならない。
a)都市又は集落の過密地上空、又は人の野外集会場上空では、航空機から半径600m以内の最も高い障害物から300m(1,000ft) 未満の高さ。
b)4.5a)に規定された場所以外では、地水面から150m(500ft)未満の高さ。

 つまり海上における最低高度は150メートルです。

 この条約は民間機にのみ適用されますが、軍用機の事故防止などでは用いられることもあります。

 これに準拠して制定されている国内法の航空法施行規則でも、第174条に最低高度を150メートルとする規定があります。

 おそらく、防衛省はフライトレコーダの記録から、高度が150メートルを下回っていないので合法だと判断したのでしょう。

 しかし、ビデオ映像から判断すると、法律をクリアしていたとしても、最初に広開土大王の後方を通過したときのP-1のコースは明らかに「近すぎ、低すぎ」です。仮にP-1にトラブルがあって墜落した場合、広開土大王に衝突する可能性があるようなコースです。P-1は広開土大王が脅威を感じたとしてもおかしくない位置を通過しているのです。2隻の韓国艦は遭難者の救出中でした。その間近を通過することは救助活動の妨害だといわれても仕方がありません。

 P-1側は接近中に漁船とゴムボートを確認しており、救助活動中ということは理解していたはずです。しかし、海洋警察艦に注意が行き過ぎたのか、広開土大王の間近を通過してしまったのでしょう。

レーダー波照射の有無

 ビデオ映像によれば、P-1搭乗員は広開土大王からかなり強い電波が出ていると言っています。レーダーの電波は機種によって異なります。P-1の機材がそれを誤って検出するとは考えにくいものがありますし、搭乗員が認識を誤る可能性は低いといえます。

 STIR-180はタレス社が開発したレーダーです(公式サイトはこちら)。これまでに三種類が開発されていて、「STIR 1.8」「STIR 2.4 HP」「STIR 1.2 EO Mk2」があります。広開土大王の写真から判断して、この艦に搭載されているのはSTIR 1.8です。

 アンテナの横に光学追跡システム(EOTS)があり、その内容は明確には分かりませんが、おそらくはSTIR 2.4 HPと同じで、赤外線カメラとモノクロカメラでしょう。写真ではアンテナの右側に見える箱状の装置です。韓国軍はEOTSしか使っていないと主張します。

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 EOTSには電波を出すような装置はありません。カメラはすべてレンズに入ってくる光線を受ける機械です。これらはSTIR 1.8の電波であるIバンド(8〜12GHz)と誤認される可能性はありません。

 MW-08の電波はCバンド(4〜8GHz)、SPS-49はLバンド(851〜942MHz)、SPS-95Kは資料によるのですがGバンド(5.45〜5.825GHz)かIバンド(9.05〜10 GHz)です。

 ちなみに、帯域の名称はIEEE式とEU・NATO式の両方が混じっています。Cバンド、Gバンド、LバンドがIEEE式で、IバンドがEU・NATO式です。IバンドはXバンドとも呼ばれます。

 探知結果はすべてデータとして残るはずですから、韓国艦搭乗員の操作ミスも考えにくいところです。

 双方が嘘をついていないなら、なにか未知のトラブルがSTIR-180で起きて電波が出たとしか可能性はありません。

 もちろん、P-1が近くを飛び回るのが嫌なので、追い払うために広開土大王がレーダーを照射した可能性も否定はできません。

問題解決を阻むもの

 現時点では両者の主張のどちらにも疑問点があります。

 両国ともなぜか情報を小出しにしていて、それが早期解決を拒んでいます。こういう問題は早く解決する方がよいのに、互いに疑心暗鬼になって、まるでトランプゲームでもするように有利な手を探り合っているようです。そんなことは止めて、持っている情報をすべてお互いに見せるべきです。特に韓国側は低空飛行の映像があるとしながらも、まだ提示していません。

 当然ながら、監視機材の能力が分かってしまうようなデータは出せませんが、そこはボカしてできる限り情報を提示すべきでしょう。

 防衛省や防衛大臣、自民党国防部会は韓国政府が嘘をついていると決めつけていますが、ここで検証したように、韓国政府の主張には正しい事柄も含まれています。相手を嘘つきと決めるけるような主張は誤りです。特に岩屋毅防衛大臣の責任は重大です。

 今回のような事態で争うことは日韓両国にとって何の利益にもなりません。

 このままでは、真相は闇の中で、今後の対応を決めて幕引きとなります。日本側は韓国の艦船に航空機を近づけない。韓国側は武器用レーダーを日本の航空機に使用しないというルールが定められて終わるでしょう。

 

 


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