モスル西部のイスラム国は総崩れか

2017.3.9


 alarabiya.netによれば、イラク軍は2014年7月にイスラム国の指導者、アブ・バクル・アル・バグダッディ(Abu Bakr al-Baghdadi)が演説をしたヌーリ・モスク(Nouri mosque・kmzファイルはこちら)に接近しています。

 イラクのテレビ局は軍当局者を引用し、イラク軍と治安部隊がモスルからタル・アファル(Tal Afar)へ通じる道路を支配したと報じました。

 国営テレビによれば、第9装甲師団と二つの別の派閥の戦闘員が、モスル西部からタル・アファルを孤立させるためにモスルからカシク(Kassik)に通じる道路を支配しました。

 イラク軍はモスルの南西部でさらに前進し、米軍当局はモスルのイスラム国は彼らの間で調整が行われないために、混沌に苦しんでいると述べました。

 さらに、イラク連邦警察指揮官は、兵士たちは彼ら自身を守るために緩衝材と障害物を設置し、作戦の完成に備えて、イスラム国の残ペイを見つけるために地域を調べはじめたといいました。

 連邦警察指揮官シャケル・ジャウダット(Shaker Jawdat)は、モスル中心部の政府施設を取りもどすプロセスはイスラム国戦闘員139人の死亡と自動車爆弾19台の破壊で終わりましたと説明しました。

 兵士たちはモスル北西部の道路の近くにあるバドシ刑務所(Badush・kmzファイルはこちら)も占領しました。そこでイスラム国は2014年に収容者数百人を処刑したとされます。


 旧市街地の戦闘は困難を極めると前に言われていましたが、私の予想通り、意外と早く進んでいるようです。

 7日に占領したと報じられたニナーワー州政府ビルから北西へ800mのヌーリ・モスクへあっという間に到達しました。これはそれだけイスラム国の戦闘が弱くなっていることを意味します。

 ヌーリ・モスクは旧市街地の真ん中にあり、州政府ビルからモスクの間も旧市街地です。これほど早く前進できたということは、ここに敵がほとんどいないことを意味しています。

写真は右クリックで拡大できます。

 モスクは南から3番目にあるオールド橋に通じる道路の近くにあり、モスクを占領すれば、この橋も手に入るでしょう。

 州政府ビルの戦闘では最終的に139人の戦闘員の死体が発見されたようです。最初の10人という数字は途中経過だったようです。

 イスラム国の組織内の調整がないということは、すでに指揮系統が崩壊していることを示します。イスラム国の抵抗は散発的なものに変化しつつあるはずです。

 バドシ刑務所はモスルの外縁部から10kmほど、タル・アファルにいたる道路の横にあります。周辺道路の支配と共に占領したのでしょう。

 想像したものに近い内容で作戦が進んでいるようです。

 

 


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