フィッツジェラルド衝突事故報告書の要点
米海軍のイージス艦フィッツジェラルドがフィリピン船籍のコンテナ船ACXクリスタルに衝突した事故の米海軍の報告書が公表されています。事故がどのように起きたのか。また、米軍がこうした事故をどのように処理しているのかを知るため、日本人にとって格好の教材となっています。
報告書はpdfファイルで公表されています。(pdfファイルはこちら)
以下に事故原因に直結した部分を抽出して紹介します。
2.2 衝突を導いた出来事
日本時間2300頃、艦長と副艦長両方が艦橋(当直が艦を操作する区域)を離れました。フィッツジェラルドが大島を通過して進むと、船舶の交通量は増し、その後、衝突まで中程度の混雑のままでした。0100までに、フィッツジェラルドは右舷(右側)前方から商船3隻に接近されました。これらの船舶は神子元島船舶交通分離方式を通って東に進んでいました。船舶交通分離方式は、入出港で通過するときに移動を分離する上で船舶を支援するために、世界中で港へ接近する上で地元当局によって確立されます。これらの船舶とフィッツジェラルドの最接近点は、それぞれが衝突の危険を示す最小限のものでした。
海路に関する国際規則によれば、フィッツジェラルドはそれぞれの船舶と交差状況として知られるものにありましま。この状況では、フィッツジェラルドは他3隻と間隔を保ち続けるために機動行動を行い、可能なら前方を横切るのを避ける義務がありました。この事件で、フィッツジェラルドはこの義務を果たさず、他の船舶は彼ら自身の独立した機動行動を通じて、早期で適切な行動をとる義務を果たしました。衝突を導いた30分間に、フィッツジェラルドとクリスタルはどちらも、衝突の危険を減らすために、衝突の約1分前までこうした行動をしませんでした。フィッツジェラルドは20キロノットで、190度の継続したコースを維持しました。
衝突の数分前に、当直将校(艦の安全航行に責任を負う者)と副当直将校(支援のために配置された将校)はクリスタルを含めた船舶の相対位置と、それらを避けるために行動する必要があるかどうかをを議論しました。最初、当直将校はクリスタルがずっと最接近点にある2隻と別だと誤認し、行動をしないつもりでした。結局、当直将校はフィッツジェラルドがクリスタルとの衝突コース上にあると認識しましたが、この認識は遅すぎました。クリスタルも手遅れになるまで、衝突を避けるための行動をしませんでした。
当直将校(艦の安全航行に責任がある者)は必要に応じて機動を行わず、警報を鳴らさず、艦橋無線でクリスタルと接触しようとせず、不十分な船舶操船術をみせました。さらに、当直将校は必要に応じて艦長を呼ばす、海軍の手続きによって、彼にさらに上級の管理と状況判断を発動させるために指示を受けませんでした。
艦橋の見張りチームのその他の者たちは状況認識を提供せず、状況に従って当直将校に入力を行いませんでした。戦闘情報センター(CIC・最大の状況認識を提供するために戦術情報が統合される場所)の付加的なチームも、当直将校に入力と情報を提供しませんでした。
(以上、6〜7ページ)
8. 調査結果
洋上の衝突は稀であり、関与した船舶の能力と過失は公の海事法の問題です。海軍はクリスタルが行った誤りについて興味がありません。かわりに、海軍は船の性能と、これらの誤りを避けるためにどんな違うことができたかに集中しました。
海軍では、艦への艦長の責任は絶対的なものです。この事故を導いたことをなした多くの決断は、艦長が行った不十分な判断と決断の結果でした。とはいえ、この事故で一人の人間が責任を負うのではありません。準備不足、非効率的な指揮統制、航法に対する訓練と準備の不備によって彼らが自身で気がついたことには、乗組員は状況に対する準備ができていませんでした。
8.1 訓練
フィッツジェラルドの将校は、海路に関する国際規則の知識で満足できるレベルでありませんでした。
見張りチームのメンバーは基本的なレーダーの原則に疎く、効果的な使用を妨げました。
8.2 操船術と航法
当直将校と艦橋のチームは、海路に関する国際規則に従うのを怠りました。特に〜
フィッツジェラルドはすぐ近くの船舶の数に適合した安全速度で行動していませんでした。
フィッツジェラルドは衝突の危険の存在に応じて早期に機動するのを怠りました。
フィッツジェラルドは他の船舶に危険を知らせ、非常のときに適切な行動をとるのを怠りました。
レーダー活動に責任がある見張りチームのメンバーは、この地域の他の船舶の正確な図を維持するためにレーダーを適切に調整し、整備するのを怠りました。
物理的な用心をする任務を遂行する見張りは、三隻の船舶が衝突の危険を示した右側(右舷)ではなく、フィッツジェラルドの左側(左舷)でだけそうしました。
航海の軌道とその他の船舶の位置を保持する責任がある主要な生存者は〜
交通分離方式の存在と予想される交通の流れに気づいていませんでした。
自動識別システムを使いませんでした。このシステムは全地球位置測定システムを用いることで商船の位置の実時間更新を提供します。
フィッツジェラルドの承認された航海の軌道は、この地域の船舶交通分離方式に報告していないし、従っていませんでした。
8.3 リーダーシップと文化
艦橋チームと戦闘情報センターのチームは効果的に連絡をとったり、情報を共有しませんでした。戦闘情報センターは、機材と人員が活動環境の最も正確な図を生成するために統合される、アメリカの水上艦上の場所です。
艦橋の監督・見張りチームのメンバーは、状況の展開に応じて情報を連絡せず、もう一方へ関与させませんでした。
艦の安全航行に責任がある当直将校は、海軍の手続きが必要としたときに、複数の場面で艦長を呼びませんでした。
戦闘情報センターの主要な生存者は、活動環境の複雑さとこの地域の商船の数を把握することを怠りました。
いくつかの例で、見張りチームの個々のメンバーは不正確な情報を確認したり、他の者によって間違えたりして、積極的に力強く修正行動をとることや、さもなくば彼ら個人の懸念を強調したり、伝えたりするのすら怠りました。
主要な生存者と操作員は、修理する解決法を追い続けるよりは、ルーチンとしての機材の障害のためにレーダー装置を操作する上で困難を甘受しました。
指揮を執る指導層は批判的に自己評価をする文化を促進しませんでした。
5月中旬のきわどい衝突に続いて、指導層は艦の性能を向上させるために原因を特定し、修正措置をとる努力をしませんでした。
指揮を執る指導層は、艦の毎日の性能の基準が受け入れがたいレベルにまで劣化したことに気がついていませんでした。
8.4 疲労
指揮を執る指導層は衝突に先立つ出来事のスケジュールが乗組員を疲労させるのを許しました。
指揮を執る指導層は疲労の危険を評価し、十分な乗組員の休息を確実にするための緩和措置を実行することを怠りました。
(以上、20〜22ページ)
付録A 出来事のタイムテーブル
(原文では6月16日0001から記載されていますが、事故直前の6月17日0000から紹介します)
0000 |
フィッツジェラルドは大島北方の船舶交通分離方式(VTSS)に接近しました。 |
0000 |
フィッツジェラルドは商船4隻の近くにいました。その内の2隻は3海里(5.56km)以内にあり、艦長には彼の服務規程手順が必要とするときに報告されませんでした。見張りによって、この船舶のためにコースと速度の決定はなされませんでした。 |
0015 |
フィッツジェラルドは商船2隻を通り越していました。それらの1隻は3海里以内にあり、服務規程手順によって艦長に報告されませんでした。見張りによって、この船舶のためにコースと速度の決定はなされませんでした。
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0022 |
フィッツジェラルドはコースを220度、速度を20キロノットに変更しました。 |
0033 |
フィッツジェラルドはコースを215度に変更しました。
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0034 |
4隻の船舶が1500ヤード(1.37km)を最接近点として左側(左舷)を下りました。艦長は知らされませんでした。これらの船舶に対してコースと速度の決定は行われませんでした。それらに対するレーダーコンタクトは維持されませんでした。 |
0054 |
フィッツジェラルドはコースを190度に変更し、20キロノットを維持しました。 |
0058 |
フィッツジェラルドは5隻の商船の近くにいました。それらの3隻は左側(左舷)を3海里以内で通り過ぎ、服務規程手順によって必要なときに艦長には報告されませんでした。見張りによって、この船舶のためにコースと速度の決定はなされませんでした。
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0100 |
フィッツジェラルドはコース190度で、20キロノットのままでした。 |
0108 |
フィッツジェラルドはある船舶の船首を約650ヤード(0.6km)で交差し、2番目の船舶を2海里(3.7km)で、3番目の船舶を2.5海里(4.63km)で通り過ぎました。服務規程手順によって必要なときに艦長に報告されませんでした。見張りによって、この船舶のためにコースと速度の決定はなされませんでした。
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0110 |
フィッツジェラルドはコース190度、速度20キロノットを続けました。クリスタルは11海里(20.37km)でフィッツジェラルドの左舷側の前方にいました。 |
0110 |
見張りはクリスタルに対するレーター追跡を始めようとするのに失敗しました。 |
0115 |
クリスタルは高速でフィッツジェラルドが意図した軌道へ接近していました。 |
0117 |
フィッツジェラルドの当直将校はクリスタルと考えられる船舶に対するレーダー追跡を記録し、クリスタルはフィッツジェラルドの右側(右舷)を1500ヤードで通り過ぎると計算しました。当直将校がクリスタルやその他の商船を追跡していたかどうかは不明です。 |
0120 |
当直将校を直ちに支援する責任を負う見張り、副当直将校はクリスタルを視覚的に目撃したと報告し、クリスタルのコースがフィッツジェラルドの軌道と交差することを記録しました。当直将校はクリスタルがフィッツジェラルドから1500ヤードを通り過ぎると考え続けました。
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0122 |
副当直将校は再びクリスタルを目撃し、速度を落とすよう勧告しました。当直将校は速度低下は接触の状況を複雑にすると答えました。 |
0125 |
クリスタルはフィッツジェラルドの右側(右舷)から3海里に接近していました。フィッツジェラルドの見張りはこの時に、ほかの商船2隻をクリスタルに追加して保持しました。1隻は最も近いところで2000ヤード(1.83km)だと計算され、もう1隻は衝突の危険があると計算されました。接触の報告は艦長に報告されず、追加のコースと速度の決定はこれらの船舶に対して行われませんでした。 |
0125 |
当直将校はクリスタルが急速に接近していることに気がついて、240度に旋回しようと考えました。 |
0127 |
当直将校は240度へ向かうために右へコースをとるよう命じましたが、1分以内に命令を撤回しました。かわりに、当直将校は全速へ増速するよう命じ、左(左舷)へ急速旋回するよう命じました。これらの命令は実行されませんでした。 |
0129 |
見張りの掌帆長の兵曹(艦橋のより上級の管理者)が舵を引き継ぎ、命令を実行しました。 |
0130時点 |
フィッツジェラルドもクリスタルも無線通信を確立したり、警報を鳴らそうとしませんでした。 |
0130時点 |
フィッツジェラルドは衝突警報を鳴らしませんでした。 |
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クリスタルの船首がフィッツジェラルドに、吃水線の上で右側(右舷)で160番フレーム付近に衝突し、クリスタルのバルバス・バウが吃水線の下で138番フレーム付近に衝突しました |
(以上24〜26ページ)
ひどい話です。
艦長を呼ぶべき距離よりも遥かに近い状況で、誰も艦長を起こしに行きませんでした。600mという近い距離で他の船の船首を横切るという滅茶苦茶な操船を行っていました。
これは以前からそうであったようで、5月中旬に衝突寸前の事態が起きていたと報告書はいいます。しかし、必要な指導はされませんでした。
こうした中で、クリスタルが1,500ヤード(1.37km)離れて通過するという誤認が起こりました。4,000ヤード(約3.7km)で艦長を呼びに行くべきなのに、1,500ヤードでミスをしたのです。
こんな操船を許していた艦長、副艦長、先任海曹が解任されたのは当然のことでした。
疲労も原因にあげられていますが、到底、信じられません。「怠慢」こそが事故の主原因です。
報告書にはなぜそういう操船が常態となったのかは書いてありません。また、なぜ見張りが左舷ばかり警戒していたのかも分かりません。見張りは常に両側にいるはずです。戦闘情報センターの連中がなぜレーダーを見ていなかったのかも不明です。彼らはコーヒーを飲むのに忙しかったのでしょうか。
これは軍事裁判をやるべき事故です。
日本政府は抗議すべきですが、どうせやらないのでしょうね。
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