D・トランプの在日米軍撤退論を拒否しよう

2016.3.31

 共和党大統領候補の一人、ドナルド・トランプが「日本と韓国は対価を払わずに米軍に守られている。そのためにアメリカは多額の負担を強いられている。彼らが対価を払わなければ、彼らが核兵器を持つことを容認し、米軍を両国から引き揚げる」という主旨の発言をしています。

 日本のメディアやネット上では、これを歓迎する声が挙がっています。米軍が日本から消えてくれるのなら日本は大歓迎という訳です。

 私も外国の軍隊が日本にいることは好ましくなく、特に在日米軍の日本における特権は大きすぎて容認できないと考えています。在日米軍の存在は本質的には好ましいものではないと考えていて、なくなればよいと思っている点では、これらの人々と意見は同じです。

 しかし、トランプが大統領になった場合のデメリットを考えたら、こんな話に乗っかるわけにはいきません。彼が大統領になると世界はどうなるのか?。在日韓米軍の存在意味の二点から考え、さらになぜ日本人はトランプの主張に賛成するのかも論じます。

トランプはブッシュ以上に世界を悪くする

 トランプは水責めのような拷問を復活させると主張します。米軍からはすでに、拷問のような国際法違反の命令には従わないとの見解が出されています。米軍は2004年に発覚したアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件を忘れていません。イラク人捕虜を収容したアブグレイブ刑務所にCIAや民間軍事会社が入り込んで、情報をとるために激しい拷問を行い、米軍兵士がこれに協力させられていたのです。ジュネーブ条約を守る義務がある軍隊は、この条約が禁じる拷問を行ってはならないのです。これを告発したのは陸軍の兵長で、米軍は内部調査を開始します。なぜか報告書はマスコミにリークされて大騒ぎになりました。これは米軍が自分たちの権限が及ばないCIAや民間軍事会社の責任を問うために、意図的にリークしたものと想像されます。結局、関与した兵士たちは軍事裁判にかけられ、拷問を行ったCIAなどは罪を問われませんでした。

 2009年の記事によると、被告の一人、リンディ・イングランド上等兵は服役して軍を不名誉除隊になった後、数百枚の履歴書を出しても就職できず、生活保護に頼って暮らしています。あるレストランの経営者が彼女を雇おうとしましたが、従業員たちが店を辞めると言い出したため断念したといいます。米軍は決して再び拷問を行うことはないと明言しないと、隊員の間に「上官から拷問を命じられる」と動揺が走ります。トランプにとっては、末端の兵士がどうなろうと、自分には関係がありません。だから、こんな放言ができるのです。

 これは単に軍のモラルの問題ではありません。

 ジョージ・W・ブッシュ大統領が対テロのために何でも容認したために、他の国も「テロリズムとの戦い」と称して、人道を無視した非道な戦闘行為を行うようになりました。その最たるものは、同時多発テロに何の関係もないサダム・フセインを捕まえるために虚偽の理由によってイラクに侵攻し、多数の犠牲者を出したことです。これにより、テロリストと戦うためには何をしてもよいという風潮が世界中に溢れました。フセインは最終的に捕まり、見せしめのように殺されました。

 シリア政府は反政府派すべてをテロリストと呼び、凄まじい拷問を行いました。2014年に、拷問で死んだ者の記録を作成する係が反政府派に寝返り、証拠となる死体の写真約11,000人分を持ち出したことがあります。ロシアのシリア空爆では大量の民間人が殺されましたが、ロシアは一件も誤爆を認めません。

 テロリスト側のモラルも下がり、マスコミや支援活動家に対しても容赦ない暴力がふるわれるようになりました。

 人類が苦労して築いてきた戦争を防ぐための仕組みは、いまや大きく傷ついています。アメリカが気高くモラルを守っていれば、こうはなりませんでした。

 トランプが大統領になれば、こういう世界はさらに暴力的なものになるでしょう。彼はテロ組織に対して核攻撃をするとも主張しています。これも他国によって真似されるかも知れません。後で説明しますが、これは核拡散防止の考え方に反しています。

在日米軍の撤退で台湾と韓国が取り残される

 トランプに軍事知識はなさそうです。彼の主張は大衆が迎合しやすそうな話しばかりで、どちらかと言えば、あまり軍事問題に詳しくない人に受けやすい内容です。在日米軍の存在意味を理解していません。

 実は、私はある掲示板で「在日米軍基地は台湾、韓国有事の際の後方支援基地なので撤退できない」と書いたら、「現代の戦争は半世紀以上前の朝鮮戦争とは違う」と反論を受けました。このやり取りを使って、トランプ発言の問題点を説明します。

 反論者は米軍には補給物資を満載した「事前集積船」があるから、在日米軍を後方支援基地として使わなくても済むと主張します。事前集積船とは兵器などを船に積み込んだ状態で保管し、戦地へ素早く輸送する船のことです。彼は台湾有事において、事前集積船を活用するためには在日米軍基地が必要なことが分かっていません。台湾に陸上兵力を投入する場合、事前集積船が台湾へ物資を運ぶことはできません。荷物を降ろすのに何日もかかるのですから、戦地では荷下ろしできないのです。日本で荷物を降ろし、揚陸艦へ移し替えて出撃することになります。韓国有事の場合も、荷下ろしは状況により日本でも行われます。彼は自分で自分の足を踏んでいるのですが、それに気がついていませんでした。

 反論者は航空機についても、日本の基地がなくとも米国領の基地と直行できると主張します。私は航空機を戦地へ送り込んだり、韓国の米軍基地が攻撃された場合、航空機が退避するのに日本の基地が必要だと書きました。韓国からグアム島までは約3,000kmもあります。フィリピンの基地が使えたとしても約2,000kmです。直行できるとしても、往復にかかる時間が長すぎます。空中給油をしないと辿り着けません。移動に大半の時間を費やすのでは、とてもまともな戦いはできません。

 事前集積船や航空機だけで補給が足りるのなら、すでに米軍はそういう態勢をとっているでしょう。彼が言うように、現代の技術なら船や飛行機だけで、陸上基地はなくても補給が成り立つなんてことはありません。ごく最近のアフガニスタンでのタリバンとの戦いでも、米軍は陸路を使っています。内陸国のアフガニスタンに陸路で物資を運ぶには、アメリカと親密なパキスタンのルートしかありませんでした。陸路は武装勢力による攻撃を受ける、問題の多いルートでした。それでも、米軍は安価で確実に届くトラック輸送を使ったのです。空輸も使っていますが、二次的な存在でした。

 2011年にパキスタン軍検問所をNATO軍が誤爆した時、パキスタン政府は抗議のために陸路を封鎖しました。米軍は空路とコーカサス地方からアフガン北部へ陸路で運ぶ方法で凌ぎました。

 米軍はキルギスタンやウズベキスタンの基地を借り受けて使用していたので、そこの使用を増やして対処しました。ところが、こういう基地は多額の金を払ったり、現地の政情不安定で使えなくなったりと、不安定な要素がつきまといます。相手国も基地を餌にして、様々な取り引きをしようとするのです。このため輸送コストはそれまでの5倍になったといわれています。

 湾岸戦争でも、米軍はサウジアラビアに基地を設け、そこに物資を集積して出撃しました。戦地に近い場所に基地を設けるのは軍事の常識です。台湾と韓国の防衛を考えると、在日米軍はどうしても登場しなければならない存在なのです。

 台湾と韓国で有事が起きる可能性は低いのではないかと主張する声もあります。私も同意見です。だから備えは要らないと考えるのは軍事的には誤りです。北朝鮮が韓国を攻めないのは米軍がいて、簡単にはいかないことを知っているからです。中国も米軍がずっと遠くにいれば考えを変えるかもしれません。中国は国連安保理事会の理事国ですから、国連が禁じる侵略行為はできません。しかし、台湾は元々中国の一部だと主張するという選択肢もあります。ロシアがクリミア半島を併合した手法が思い出されます。第2次世界大戦はすべての問題を解決したわけではなく、そこから生じる馬鹿馬鹿しい対立はいまも続いているのです。残念ですが、我々はその延長線上にいるのです。それを無視することはできません。

トランプは核拡散防止の考え方と真逆

 トランプの主張のおかしさは、日本と韓国と個別に交渉し、それぞれの回答を元に対処する点にあります。日本がトランプの要求を拒否し、韓国が受諾した場合、米軍は韓国だけに残ります。その補給路はグアムからつなぐことになります。これでは有事の際に韓国と台湾を防衛しにくくなります。日本が受諾して韓国が拒否した場合、米軍は台湾だけを守り、韓国は単独で自国を防衛します。両国が拒否すると、米軍はグアムから台湾を守ることになります。米軍は日本、台湾、韓国の防衛をセットで考えていますが、トランプはそれをバラバラにするのです。そこをどうするのかという話を、トランプはまったくしていません。

 トランプの発言をよく見ると「日韓が対価を払うなら米軍の駐留を続ける」とあります。アメリカの若者がアジアのために死ぬのは割に合わないと言いながら、つまりは金の話なのです。交渉のために風呂敷を広げているだけです。ところが、彼は日本と韓国に核兵器保有を認めるも主張します。これは核不拡散の考え方に反します。

 核兵器が開発されると、それによってどう国際秩序を保っていくかという議論が起こります。核兵器は通常兵器と同じように使うべきだろうかという問題です。国同士の紛争が起きたら、ライフル銃を使うのと同じ感覚で核兵器を持ち出すと、その結果は恐るべきものとなります。そこで考え出されたのが、すでに核を持っている国は核兵器を他国へ譲渡せず、核軍縮交渉を行うこと。非核兵器保有国は核兵器を開発しないことといった、核兵器をこれ以上増やさないという考え方です。これが核拡散防止条約となって条約になりました。核保有国の考え方も、核戦力をちらつかせて外交交渉をするのではなく、戦争を防止する方向へと移行しました。だから、トランプが言うように、日韓に国防用に核兵器をもたせろという考え方はほとんどの国から拒否反応を引き出すでしょう。もし日韓以外の国々が核兵器を持ち始めたら、一体どうなるでしょうか。

なぜ日本人はトランプの主張に惹かれるのか

 私はネット上で多くの人がトランプの主張に賛成するのを見て驚きました。そして、それがなぜかが分かりませんでした。しかし、ある人が「それなら未来永劫に在日米軍は存在するのか」と述べたのを見て、理由に気がつきました。

 「在日米軍は台湾と韓国の後方支援基地だから撤退は不可能」と書くと、在日米軍がなくなるのは不可能なのかと、人々は考えるようです。私はそんな意見を書いたつもりはありませんが、他者からはそう思われるのだということに気がつきました。

 基地は不要になれば閉鎖されるものです。だから、そういう状況が来れば在日米軍も不要になります。軍事常識として、それは当然と思っていたので、自分の意見が反発を受けることについて考えが及ばなかったのです。

 私は米軍が撤退するとか、兵数を削減する環境を考えていくことも大事だと思っています。与党政治家は考えないでしょうが、野党の人たちは具体的なシナリオを作り、そういう環境を生む政策を考えて欲しいと思っています。確かに外国がからむ問題で、日本にはどうしようもできない部分が多いのも間違いありませんが、できそうなことにも日本が手をつけていないのも事実です。たとえば、必要がないのに存在する部隊があって、日本に害を及ぼす可能性が大きいものがあるなら、それを移動するようアメリカと交渉することができるはずです。日本政府は米軍の判断に口を挟むなんて不可能としか考えません。

 逆に言うと、日本人はトランプの主張以外に在日米軍が撤退する可能性を見出せないということができます。他に道があると分かれば、独裁者の甘い言葉に耳を傾けることはないはずです。そんな風に日本を動かせないものか。自分にできることがあればやりたいものです。

 


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