危険な自民党改憲案の緊急事態条項

2016.2.16


 シリアの停戦に関して書こうかと思ったのですが、安倍内閣が目指すという憲法の緊急条項について書くことにしました。一つ思い出したことがあり、忘れないうちに書くことにします。

 自民党が平成24年(2012年)に発表した日本国憲法改正草案には「緊急事態条項」と呼ばれる条文があります。第98条、第99条がそれにあたります。条文を以下に示します。

第九章 緊急事態
第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 見てのとおり、武力攻撃、大規模災害などに対して、政府に強い権限を認める内容となっています。

 ところで、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)という法律が平成16年に成立しています。日本が武力攻撃を受けた時に使われる法律です。この中には、次のような規定があります。

(国民の協力等)
第四条  国民は、この法律の規定により国民の保護のための措置の実施に関し協力を要請されたときは、必要な協力をするよう努めるものとする。

2  前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない。

3  国及び地方公共団体は、自主防災組織(災害対策基本法 (昭和三十六年法律第二百二十三号)第二条の二第二号 の自主防災組織をいう。以下同じ。)及びボランティアにより行われる国民の保護のための措置に資するための自発的な活動に対し、必要な支援を行うよう努めなければならない。

(基本的人権の尊重)
第五条  国民の保護のための措置を実施するに当たっては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならない。
2  前項に規定する国民の保護のための措置を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該国民の保護のための措置を実施するため必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われるものとし、いやしくも国民を差別的に取り扱い、並びに思想及び良心の自由並びに表現の自由を侵すものであってはならない。

 明らかに自民党改憲案と内容が違います。

 自民党憲法案が通れば、緊急事態が宣言されると政府が発する措置に対して、国民に従う義務が課せられます。国民保護法では協力は「国民の自発的意思」とされていますが、自民党憲法案では義務になっています。反対することが許されないのです。

 憲法改正に関して、改憲案だけを見るのは誤りです。自民党案が成立すれば、国民保護法はそれ自体が憲法と矛盾することになります。よって、国民保護法も憲法改正に伴って改正されると考えなければなりません。

 議会が事後承認するという安全装置がついているから問題ないと考えるのは誤りです。現在のような自公政権が継続してたら、事後承認されるのは確実だからです。与野党が国会において勢力均衡している場合しか、安全装置は機能しないでしょう。

 自民党憲法案にも基本的人権は尊重すると書いてあるから大丈夫と考えるのも誤りです。国民保護法を読んだ時、私は「いやしくも国民を差別的に取り扱い、並びに思想及び良心の自由並びに表現の自由を侵すものであってはならない。」の部分に、引っかかるものを感じました。一見自由を尊重した条文に見えますが、国民の権利を制限する第一歩のように感じたのです。「戦争の最初の犠牲者は真実」だという言葉があります。緊急事態において真実は尊重されません。第二次世界大戦で米政府が宣伝用に作ったドキュメンタリー映画にはいくつもの嘘が含まれていました。同様に自由も尊重され難いものなのです。それを必要な措置も明記せずに尊重すると書いたところで、守られるものとは信じられません。そして、案の定、自民党は自由をさらに制限する憲法案を提示してきました。こうした流れは連続的に見なければなりません。

 思い出してください。アメリカで同時多発テロが起きた時、CIAは非常時を理由に拘束したテロリストを拷問しました。テロリストと同姓同名の人が誤認逮捕され、長期間拘留されました。自民党の改正案では現行憲法第36条の「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」から「絶対に」を削除することになっていますから、テロリストとみなした者を公務員が拷問することが可能になります。

 こうした非人道的な行為は同時多発テロよりも過去の戦争でも繰り返されてきたことであり、今さら説明する必要もありません。日本も第2次大戦で敵軍捕虜を拷問していました。

 こういう重大な法律の変更を、外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害、その他の法律で定める緊急事態において、政府の判断だけでできるというのはあまりにも乱暴です。将来、政府が腐敗して、全国で抗議運動が多発したとします。大規模なデモが起きたとすると、それだけで政府は非常事態を宣言できます。これは民主的な国の姿でしょうか。しかも、「その他の法律で定める緊急事態」とも書いてあるのですから、改正が難しい憲法ではなく、一般の法律で定義すれば新しい緊急事態を作れるのです。

 デンゼル・ワシントン、ブルース・ウィリス出演の『マーシャル・ロー』という映画が、まさにこういう問題を描いているので、是非ご覧下さい。

 「いまは非常時。そんなことを言っている場合ではない」という考え方は情緒的であり、世の中を狂わせる元凶なのです。

 


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