なぜ戦闘員が同僚を治療しなければならないか?

2016.11.29


 自衛隊の戦闘医療の質が問題視されるようになりました。南スーダンで駆け付け警護を行うようになったのに、自衛隊ではこれまで戦闘医療について、積極的な取り組みをしてきませんでした。それが、戦闘の可能性が生じたいまになって、問題として浮上したのです。

 米陸軍では2007年から戦闘救命士という資格を作り、戦地に派遣される隊員全員に受講させるようになりました。戦闘救命士はジュネーブ条約(国際人道法)の衛生要員ではありませんが、同僚を治療することを二次的な任務として負っています。つまり、米軍では誰もが衛生兵や医官が治療する前の初期治療を行えるのです。

 なぜ戦闘救命士が必要なのかを、テキストから見てみましょう。

 「Combat Lifesaver Course: Student Self-Study」(C版)のページ1-2と1-3に、最も重要な数字が示されています。(pdfファイルはこちら


 戦死の約90%は犠牲者が医療処置施設(MTF)に到達する前、戦場で起きる。それらの死の大半は免れない(重度の外傷、重度の頭部損傷など)。しかし、腕や脚の傷からの出血、緊張性気胸、気道の問題のような一部の状態は戦場で治療可能である。この治療は戦場での戦死とMTFで回復する兵士の間の違いとなり得る。自分による治療、同僚の治療、戦闘救命士の技術を適切に使うことは、戦場での死を15〜18%減少できると見積もられている。図1-1はベトナム戦争での戦場での死亡の分析を提供し、図1-2はイラクの自由作戦(OIF)と不朽の自由作戦(OEF)で防ぎ得た死亡の分析を示す。両方の図は、四肢の出血(腕や脚からの大量出血)、緊張性気胸、気道閉塞が現代戦闘における主要な防ぎ得た死因であり、四肢の出血がほとんどの死を生み続けることを示す。

地上戦闘で生じる死亡

31%---貫通性の頭部外傷
25%---外科的に回復不能の胴体の外傷
10%---外科的に回復可能な外傷
9%-----四肢上の傷からの出血
7%-----切断性の爆傷
5%------緊張性気胸
1%------気道の問題
5%未満-MTFへの避難後の負傷による死亡(DOW)、大半は感染とショック状態の合併症

注記 数字は合計100%にならない。死因すべては列挙されていない。一部の死は複数の原因である。

図1-1 戦場での死亡の分析(ベトナム)

図1-2 防ぎ得た死における死因となった主要な負傷部位(OIF/OEF)


 戦場から医療施設へ運ぶまでに90%の兵士は死ぬ。これは衝撃的な数字です。しかし、初期治療を早く行うことで、15〜18%の兵士は助かるのです。

 自衛隊では、国内で戦闘が起きた時、民間の病院も利用するつもりです。しかし、戦地の近くの病院がはたして通常通りに診療しているでしょうか。病院に搬送する前に死ぬ「搬送中死亡」が多発する危険があります。これは数十年前の、単に負傷者を運ぶだけだった時代の救急態勢と同じか、それ以下の考え方です。医療施設に運べば助かるかも知れない10%の者たちも、自衛隊では助からない可能性が高いのです。医療施設まで生きている者はごく僅かでしょう。

 また、陸上自衛隊の戦闘医療態勢は非常に低レベルで、米軍なら助かる15〜18%の隊員は、為す術もなく亡くなる可能性がとても高いのです。ほとんどの隊員はごく初歩的な治療しかできません。医官でないと麻酔薬が使えないので、戦場ではどんなに重傷を負っても、我慢しなければなりません。負傷した後、早く麻酔を使うことでPTSDの発生がある程度抑制できるとの研究報告もありますが、自衛隊では期待できそうにありません。

 米軍は兵士の死因を調査することで、戦闘救命士の必要性に至りました。自衛隊は事故で死者は出ても、戦闘経験がないので統計のとりようがありません。しかし、米軍で起きることは自衛隊でも起きると考え、こうした数字を根拠として、戦闘医療の充実を図るべきでしょう。

 


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