駆け付け警護の訓練が公開される

2016.10.25


 10月24日、岩手県の陸上自衛隊基地で南スーダン派遣部隊の駆け付け警護の訓練が公開されましたが、その内容は極めて劣悪でした。

 公開されたのは武器を使わないレベルの、強度が最も低い状況の訓練です。自衛隊が盾を持って進み出たら、暴徒が逃げてしまったという状況ですので、暴徒はあまり暴れずに、後退してしまいます。23日に稲田朋美防衛大臣は武器を使った訓練を視察しており、「今日、私が見た範囲では非常にスムーズというか、しっかり訓練がされている様子でした」とコメントしています。この訓練では、自衛隊が接近しても暴徒が逃げず、抵抗した場合を想定していたはずです。

 武器を用いる訓練は「手の内を明かすのは適切でない」として公開されていませんが、これまでに何度も説明しているように、公開したところで派遣部隊が不利になることはなく、米軍などの外国軍が当たり前に訓練を公開していることから、こういう判断自体が不適切なのです。非公開にすることで、何がミスであるかも隠蔽できる効用もあって、ヘマを隠すために自衛隊に都合がよいだけです。ミスしても国民には分からないことから現場の緊張感がなくなり、活動のレベルが下がることを懸念すべきです。こうした自信なさげな態度は現場に悪影響しか与えないでしょう。

 しかも、23日に撮影された映像は自衛隊の準備不足を露呈しています。(映像はこちら。数週間で閲覧できなくなるはずです)

 映像から自衛隊の装備を見ると、通常の戦闘用装備の他にはポリカーボネイト製の盾しかみえません。米軍の暴徒鎮圧装備はもっと洗練されています。米陸軍と海兵隊の訓練映像をみてみましょう。(これらの映像が示すように、鎮圧訓練は当たり前に公開されています)

 陸軍も海兵隊も、盾だけでなく、棍棒、脛全体を覆うプロテクター、顔面用プロテクター、催涙スプレー、散弾銃、この任務用の戦闘ベストを用いていることが分かります。映像を見ると、自衛隊にはこれらの装備がありません。

 棍棒がないと、暴徒は積極的に出てくるでしょう。実際に殴るかどうかは別として、盾と棍棒のセットは強力な抑止力になり得ますが、盾しか持たない鎮圧部隊は防御しかしないと初手から分かるので、暴徒がさらに行動を激化させる危険があります。

 盾の下には脚が見えていますが、脛全体を覆うプロテクターがあれば、投擲物による攻撃から脚を守れます。暴徒が弱点に気がついて、脚目がけて物を投げはじめる恐れがあります。そうなると、盾を下げて脚を守るしかありません。すると今度は顔を目がけて物が飛んできます。顔面用のプロテクターがないので、投擲物が顔に当たるかも知れません。これで隊員が倒れると、横隊の一角に穴が空き、それがさらなる弱点となります。簡単に言えば、警察の機動隊が持っている装備がなぜか自衛隊にはないのです。

 催涙スプレーは暴徒が接近した時に攻撃力を奪う、非致死性の装備として有効です。顔面用プロテクターがあれば、隊員に催涙スプレーがかかる恐れも減ります。積極的に出てくる暴徒に催涙スプレーをかけることで、後退させ、戦力を奪うことができます。

 自衛隊には自動小銃しかありません。暴徒鎮圧用にはむしろ散弾銃の方が有効です。対人用の散弾は浅田飴程度の大きさで、多数の弾が拡散するので、一度の発砲で多数を倒せます。

 隊員が防弾ベストを着ているのも不適切です。米軍は暴徒鎮圧用のベストを用意していて、そこに装備を入れておけるようにしています。もっとも、暴徒鎮圧用の装備品がないので、ベストに入れる物もないのでしょうが。これは最初から銃による戦闘を想定しているようにみえます。横隊の両側に装甲車を配置しているので、あるいはそういう主旨かも知れませんが、それなら、盾を持って前進するのは不適切です。銃撃を想定しているなら、装甲車が跳弾を起こし、暴徒が放った弾丸が装甲車で跳ね、隊員に当たる危険もありそうです。

 訓練の内容も米軍は強度が違います。ビンやレンガなどの投擲物、火炎瓶、群衆の威嚇や攻撃を教官や隊員が実演して、隊員に体験させています。こうした訓練に使われるビンなどは、本物ではなく、本物そっくりに作られた訓練用の「シミュレーター」です。危険なく、実際の現場に近い環境を体験させるために、米軍はシミュレーターを積極的に使います。自衛隊の訓練では暴徒役の隊員が叫ぶくらいで、投擲物や火炎瓶はありませんでした。マスコミへのお披露目で出さないのですから、訓練用に用意していないのでしょう。建物も工事現場用のを流用していて、現地にある建物を再現した訳ではありません。米軍なら本物そっくりの建物を演習場に建てることまでやります。いくら展示用の訓練でも、国民に知らせるためのものなのだから、実戦を想定した内容にすべきです。今回の映像では投擲物や火炎瓶などへの対処がは訓練されていないと判断するしかありません。また、隊員に負傷者が出た場合の対処も示されませんでした。組み立て式の担架はどこにも見当たりませんでした。

 自衛隊と機動隊の戦術は根本的に違います。基本的に自分の肉体で戦う機動隊は、古代の戦いのように「密集隊形」を用います。銃のような射程のある武器を使う自衛隊は「散兵戦術」といい、隊員同士は離れて位置します。米軍はこの切り替えがうまくできていて、通常の戦闘訓練とは違い、隊員を密集するよう訓練します。今回の映像では、密集隊形の作り方が十分ではないように思われました。戦術の切り替えが徹底されていないようにみえます。

  TBS記者の説明も滅茶苦茶で、「駆けつけ警護の訓練です。建物に閉じ込められたPKO関係者を救出するというシナリオで、自衛隊員が盾で説得しながら暴徒を押しています」などと述べています。自衛隊の盾は暴徒を「説得」してくれるらしいのです。買い物に持っていくと、じょうずに値切ってくれるかも知れませんね。マスコミも自発的に自衛隊の説明に巻き込まれてしまっています。

 率直に言って、戦術・装備・訓練すべてが不十分です。「皆殺しモード」です。殺されるのはこちらという意味で。

 相手が政府軍だった場合、どうするかを想定しているのかも疑問です。

 

 


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