自衛隊の交戦規定を緩和すればPTSDは起こらない?

2015.7.25


 まったくおかしな話を主張する人たちは後を絶ちません。イラクなどに派遣された自衛官が多数自殺するのはPTSDではなく、多すぎる規則のせいだというのです。だから安保法案が必要なのだという訳です。

 これは私がフェイスブックで見かけ、議論もした意見です。

 確かに自衛官は正当防衛の場合を除いては攻撃することが禁じられています。そのために自衛官が命を絶つようなストレスを感じるのでしょうか。

 イラク・アフガニスタン戦を長らく検証してきた身としては、結論は明らかです。いくら制限を緩和し、交戦規定を変えても、戦闘ストレスはなくなりません。

 米軍は自衛隊みたいに正当防衛に限らず戦闘ができます。米軍は戦闘のために派遣されているのであり、復興支援のために非戦闘地域に派遣されている自衛隊とは任務の性質が違うのです。

 本当に派遣先が非戦闘地域かという問題はここでは触れませんが、より交戦規定が緩い米軍なら戦闘ストレスはより軽いとか、起こらないといえるかは、米軍でのPTSD発症の数を見れば明らかです。米軍でPTSDが多発した現実を見れば、交戦規定をいじったところで問題が解決しないのは明白なのです。

 さらに、米軍でも交戦規定が厳しすぎるという批判は継続的にあり、こういう意見は戦争に付き物だということができるのです。当サイトでも何度も取り上げました。代表的な記事を紹介しておきます。(過去の記事はこちら 

 アフガニスタンでは、タリバンが女性や子供をタリバン兵が立てこもる建物窓や屋根に配置して人間の盾として利用しました。米軍はどれが兵士でどれが民間人かを判別しなければならず、作戦遂行に手間取ったといいます。

 こうした批判が起きる度に米軍は批判を退けてきました。人間の盾になっている民間人を敵性行動をとる者とみなして攻撃できるように交戦規定を変えられるかといえば、それは虐殺に他なりません。また、ジュネーブ条約に違反する行動を認める訳にはいきません。

 米軍も自分だけでなく、友軍その他を守るために武器を使えますが、基本的には危険がある場合にしか攻撃は許されていません。つまり、敵を視認し、武装していると確認した場合にのみ攻撃できるのです。この規則は現地最高指揮官のスタンリー・マクリスタル大将が徹底させました。アフガン人からの信頼を勝ち取るための工夫でした。

 米軍が雇った、輸送トラックを警護するアフガンの民間軍事会社の武装警備員が、敵が潜んでいそうな怪しい建物に手当たり次第に発砲したので、米軍が止めさせたことがあります。この任務はまさに日本政府が自衛隊にやらせようとしていることです。自衛隊の交戦規定を緩和するという話は、結局、こういう無差別な攻撃の容認へ行き着きます。隊員がストレスを感じない交戦規定は、無差別に弾をばらまきながら車列を警護するような戦いにならざるを得ないのです。それは現地人に無用な被害をもたらし、そのために自衛隊に対する報復のためのテロ攻撃を引き起こし、余計に自衛官に犠牲を強いるのです。

 PTSD予防に効果があるとされる、現場で行える処置は、負傷兵にモルヒネを投与して眠らせることくらいです。モルヒネを投与された兵士はPTSDにならない率がそうでない兵士よりも半分程度高いとの医学レポートがあります。つまり、現場であまり苦痛を感じなかった兵士はPTSDになりにくいのです。これが私が知る唯一の対処法です。(関連記事はこちら

 戦争を考えるためには、事実の裏付けが必要 です。安保法案に賛成したいために強引で不合理な理屈を立てたところで、現実はそれに追随してはくれません。戦争はそんなに甘くはないのです。

 こうした意見が出る背景には与党支持者が安保法案に賛成せんとして、卵でもかき混ぜるような手軽さで目についた情報を組み合わせて結論を出し、早く安堵したいという心理があります。それが自衛官の命を奪う決断と自覚しないところにその恐ろしさがあります。

 


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