福島第1事故直後に陸自が石棺作戦を検討

2015.3.9


 北海道新聞によれば、東京電力福島第1発電所事故直後、チェルノブイリ原発事故で旧ソ連が行ったような「石棺」による原子炉の封じ込め作戦を準備していたことを明らかにしました。当時の陸上幕僚長、火箱芳文氏が明らかにしました。

 福島第1では1、3、4号機の建屋が爆発したが、原子炉は残りました。ただ、後に明らかになった国のシナリオによると、原子炉や使用済み核燃料プールの冷却に失敗すれば、首都圏を含む、半径250キロ圏で避難が必要になる恐れがありました。

 石棺作戦は、防衛相ではない「別の大臣のところ」から打診されました。燃料がむき出しになって大量の放射性物質が放出されるという想定。どうやって高線量の現場に近づくか、どんな機材を使って生コンクリートを注入するかなどを、陸自上層部の数人だけで極秘に検討しました。作戦を実行する「決死隊」は火箱氏もかつて団長を務めた精鋭落下傘部隊、第1空挺団と決めていました。「自分も行くつもりだった」といいます。


 記事は一部を紹介しました。

 原発推進活動が盛んだった頃、推進派は反原発派に「チェルノブイリのような事故は起こらない。日本の軽水炉型原発はロシアの黒鉛型原子炉とは構造が違い、原子炉が爆発することはない」と説明していたと記憶します。

 ところが、実際に事故が起きたら、爆発していない軽水炉型原子炉からも大量の放射線が出ることが予測されたのです。問題は爆発するかどうかではなく、放射線が飛散するかどうかであり、先の説明は嘘同然だったという話です。

 当時総理大臣だった菅直人氏の講演会で、関東圏が避難対象になる可能性があったという話は聞いた記憶があります。それを免れたのは、設計者も考えていなかった原子炉の構造が、偶然にも使用済み燃料プールに水を追加していたからだといいます。

 作戦を打診した別の大臣とは、多分、当時経済産業大臣で、後に民主党代表を務めた海江田万里氏でしょう。経済産業省では、そうした議論が行われていたはずで、それが4年間も明るみに出ず、間接的な形で暴露されたことになります。表向きは「メルトダウンは起きていない」と発表されていた頃の話です。

 原子炉が高温になった場所に直接水を含んだコンクリートをかけると、水蒸気爆発が起こる可能性がありそうですから、まずは大量の砂をかけることになったのかもしれません。その上からコンクリートを注入することになりますが、作業が長時間になる可能性が高く、どんな装備を使ったところで、隊員の被爆は避けられません。そもそも、瓦礫が散乱する中で、大型の車両が建屋に近づけたかも疑問で、瓦礫の中にも高線量のものがあったのですから、接近の可能性そのものが疑問です。

 記事が「石棺作戦」と書いていることには不満があります。チェルノブイリの場合、石棺で放射線を防げたかもしれませんが、福島第1ではメルトダウンで壊れた基礎部分から地下水に放射性物質が流れている可能性が高いのです。つまり、底が抜けた石棺です。上を覆っても、下から漏れていくのでは意味がありません。

 日本の環境では、重度の原子炉事故では、犠牲ばかり出て、完全な対処は不可能です。

 

 


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