ネットに流れる偽情報にご注意を

2015.11.20


 最近、インターネットでかなり程度の低い陰謀論が出回っています。多くは海外のサイトからの引用で、それを検証することなく垂れ流しにしています。偽旗作戦だと騒ぐ者が偽旗を立てているのです。若い人たちが真に受けているようで、放置しない方がいと思われるので警鐘を鳴らすことにしました。

 今月パリで起きたテロ事件の映像が捏造だとする意見があります。(記事はこちら

 バタクラン劇場の犠牲者は劇場の外で撃たれて、中に運び込まれたという記事は、現場写真を掲載し、床に死体を引きずったような血の跡があると指摘します。さらに次のような事実を主張します。ノヘミ・ゴンザレス(Nohemi Gonzalez)というメキシコ人の少女の家族はメキシコのメディアで事件を知り、彼女のボーイフレンドに電話をして、劇場襲撃の後で生きていることを確認しました。彼は彼女と一緒に戸外におり、両方とも無事だと言いました。その後、当局が彼女を拘束した後で彼女は死んだといいます。陰謀論者はフランス当局が彼女を殺害し、それを偽装するために劇場に運び込んだと主張します。

 しかし、血の跡は死体の間を通っています。外から中へ死体を運んだ時についたというよりは、重傷者が這って外へ逃げた時についたように見えます。発砲直後、即死して倒れた人だけでなく、重傷を負った者、無傷だった者が入り交じっていた劇場内の状況を考えれば、写真に疑問は湧きません。「テロリストが撃ったのだから全員が即座に死んだ」と考えるのは、あまりに単純です。少女の話は他に説明がなく、真偽は判断できません。

 バタクラン劇場の別の映像では、2点の疑問が提示されます(記事はこちら)。

 壁にぶら下がる女性の腕が曲がっており、ハーネスで吊されているに違いない、よってこれは捏造映像だというのです。女性の足は下の格子に乗っており、腕だけでぶら下がっているのではありません。腕が曲がっているのは道理です。

 道路に横たわる死体が動き、携帯電話を使うと陰謀論者は指摘します。しかし、この「死体」は携帯電話を使う前から時々動いて、姿勢を変えています。つまり、死体ではなく重傷者です。重傷者は誰かに自分の危機を知らせたかったのでしょう。捏造なら死体役の人は制作者に「動くな」と怒られたでしょう。

 かかる工作はシリアを攻撃する口実を作るためだと陰謀論者は指摘します。

 アメリカがイスラム国を作り、物資を支援しているとの主張も根深く存在します。これはアフガニスタンに侵攻したソ連軍の対抗勢力として、オサマ・ビン・ラディンを支援したことが誇張されたのでしょう。

 アメリカがイスラム国を作ったというデマがあります。その証拠に米軍がイスラム国に物資を空中投下で渡しているといいます。

 たとえば、あるブログはコバネ戦で空中投下された物資の映像を示して批判します(記事はこちら)。これは2014年12月21日に公開された映像で、タイトルは「US airdrops weapons into #ISIS hands - #Syria #Kobane 」です。「米軍が空中投下した兵器がイスラム国の手に落ちた」という意味です。当サイトではこの頃、米軍が投下した物資の一部が誤ってイスラム国支配地域に落ちたとの記事を紹介しています(記事はこちら)。こういうことは戦争ではよく起こることです。なので、秘密でも何でもなく、公に報道されるのです。

 先月25日に投稿された映像は、イラクのバイジ精油所の中で撮影されたとされます。16日にはバイジは奪還されているので、その直前に撮影されたと考えられます。バイジ精油所は何度も支配者が入れ替わった場所で、2014年にはイラク軍が籠城し、イスラム国が周囲を包囲したこともあります。映像に見えるパラシュートが古そうなので、それらは米軍が籠城するイラク軍に対して投下したものかもしれません。ロイターがそのことを報じています(記事はこちら)。

 中東には広範に陰謀論が存在し、公的な立場の人までが信じていることがあります。一般大衆の間にどんな噂が広がっているかは分かりません。

 こうした陰謀論の嘘を見抜けないのは、経過を知らずに局面しか見ない思考、自分には何もかも分かっているという過剰な自信、軍事知識の欠如が原因です。

 イスラム国はアルカイダから喧嘩別れした分派です。その経緯は当初から報じられていました。それをアメリカが育てたといった主張は成り立ちません。確かに、アルカイダを創設したオサマ・ビン・ラディンを支援したことはあります。それはアフガニスタンに侵攻したソ連軍と戦わせるためでした。湾岸戦争で米軍がクウェートに駐留すると、ビン・ラディンは異教徒がイスラムの国にいることは赦されないと反発し、王族に進言しても無視されたので、自分でアメリカと戦う決意を固めました。ある意味で、アルカイダの起源にアメリカが関与したとはいえますが、その後は敵対しているのは間違いがありません。さらに、アルカイダから分派したイスラム国をアメリカが結成したというのは見当違いです。このように長期的に国際情勢を眺めないと、的はずれな結論に行き着くことになります。

 陰謀論を信じる人に共通するのは、理解できないほどの底知れぬ自信です。「私には分かる。世間は誤魔化せても私は誤魔化されない!」と彼らは言います。しかし、軍事分析をすると、判明する事実の他に確認できない事実が沢山あることに気がつきます。そうしたグレー部分について、「多分こうだろう」と考えると間違いをするものです。緊急の場合を除いては、確証を得ない物を信じるべきではありません。陰謀論者の多くがなぜかプーチン大統領の行動に期待を寄せるのも、こうした過剰な自信が生んでいるのでしょう。常に謙虚に事実を検証する態度を持ちましょう。

 モノを知らないと判断はできません。包丁の使い方を知らずに料理を作ろうとしてもうまくはいきません。カップ麺にお湯を入れるのが関の山です。残念なことに、日本には間違った軍事情報で溢れています。書店に並ぶミリタリー本を読んでも、なかなか本当のことは分かりません。著者が政府系の人なら、まずは政府の代弁者と疑ってかかる方がよいくらいです。趣味系のミリタリー本は平和を考える上で役に立つことは少ないでしょう。私は海外のニューサイトの記事を定点観測することを勧めています。日本と違い、軍事関係の記事が多く、内容も詳細だからです。日本の軍事本よりも海外のニュース記事の方が軍事分析の役に立つと断言できます。

 偽情報を信じることで、平和は確実に遠のくと考えましょう。確証が持てないことは信じないことです。常に分析する心を持ち、世界を客観視してください。

 


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