日本人人質と自爆未遂犯との交換は悪魔の選択

2015.1.26


 イスラム国に人質になっている後藤健二氏について、イスラム国はヨルダンに拘留中の死刑囚サジダ・リシャウィ(Sajida al-Rishawi)との交換を要求してきました。

 この要求は、日本政府は対策本部をヨルダンに置いたために出されたと考えられます。普通に考えたら、イスラム国とつながりがあり、解放された人質を受け取りやすいトルコに本部を置くべきです。日本政府がヨルダンを選んだため、イスラム国はリシャウィ死刑囚の釈放のためにヨルダン政府と日本政府が協議しやすいと、判断したと考えられます。イスラム国としてはハードルをかなり下げたつもりでしょう。

 問題がこれだけなら簡単でしたが、リシャウィ死刑囚はヨルダン空軍パイロット、モアズ・サフィ・ユーセフ・アル・カサスバ中尉(Mu'ath Safi Yousef al-Kaseasbeh)との交換が期待されていたと言います。カサスバ中尉については、当サイトでも2つの記事で紹介をしています(関連記事はこちら )。

 ここで生じるのが、後藤氏のためにリシャウィというカードを使ってしまうと、カサスバ中尉を助けるカードがなくなるという問題です。どちらを選んでも1人が死ぬのです。日本政府がどうするのかについては報道は異なる情報を伝えています。リシャウィ釈放の要請はできないという外務省内部の声が報じられたり、日本政府とヨルダン政府がその協議をしていると報じられたりしています。いずれが真実かは不明です。日本政府が後藤氏を見捨てる意向であることを暗示する意見が、25日に「ヒゲの隊長」こと佐藤正久衆議院議員がSNSなどに発表した文章によって示されました。以下に該当部分を紹介します。

現在、イスラム国にヨルダン空軍のムアーズ中尉が捕虜になっており、イスラム国はムアーズ中尉を使ってヨルダン政府に揺さぶりをかけている。実際、ヨルダン国内にはムアーズ中尉の釈放運動もあり、それを見透かしての、ヨルダン政府に拘束されているテロリスト、サージダと後藤氏の交換釈放要求と思われる。即ちヨルダン政府と国民への揺さぶりと、日本とヨルダンとの分断も視野に入っていると見るべきだ。極めて狡猾だ!
サージダとその夫達が実行した05年のアンマンの惨劇は、ヨルダンでも有名で、その犯人を釈放することは一般にはあり得ない。一方、有志連合の一員としてシリア空爆に参加して捕虜になったムアーズ中尉は、米国の特殊部隊が救出を試みたほど、ヨルダンだけでなく欧米でも有名な人物。
仮に、後藤氏を助ける為に、ヨルダンで惨劇テロを起こした仲間のサージダを釈放するということは、イスラム国に拘束されているヨルダンのムアーズ中尉とザジーダとの交換釈放の可能性がなくなることも意味する他、日本からの多額の人道支援を得る代わりに、テロリストを釈放し自国民を見捨てたとの批判がヨルダン政府になされる可能性もある。
ヨルダン政府にとって、ヨルダン国民の命より日本国民の命を優先することは極めて困難だろう。
我々日本国民は、まさにこれら状況を踏まえた上で、対応することが大事だ。「日本政府は何をやっているんだ、後藤氏を助ける為に、ヨルダン政府と連携せよ」等矛先をイスラム国から日本政府に向けてはいけない。これこそ、イスラム国の思うつぼだ。
繰り返す!我々は、後藤氏の解放を強く求めると同時に、日本政府を信じ、「全ての責任は、イスラム国にあり、日本政府も国民も一枚岩で、テロには屈しない態度」を取ることが極めて重要だ思う。

 後藤氏の解放を主張しているようですが、暗に諦めましょうと言っているように聞こえます。ヨルダンとの連携を求めるなと書いているのですから。私なら、誤解を招くのを恐れて、この段階ではこういう情報は書きません。先に書いたように、この要求が出たのは日本政府がヨルダンに本部を置いたからです。佐藤参議はイスラム国を「極めて狡猾だ!」と書いていますが、私には日本政府は「極めて間抜けだ!」と言いたくなります。

 モアズ中尉がイスラム国に拘束されていることは分かっていたことです。イスラム国は故障で墜落した戦闘機を対空ミサイルで撃墜したと偽情報を流して情報戦に活用し、米軍はそれを封じるためにミサイル攻撃はなかったと公表しました。さらに、イスラム国はツィッターでモアズ中尉の殺害方法を募集して、ヨルダンに恐怖の圧力をかけました。イスラム国が戦果を最大限に利用しようと、活発に動いているのに、日本政府はわざわざイスラム国に弱みを握られているヨルダンに本部を構えたのです。これが失策でなくて何なのか。

 こういう条件が揃うと、日本人は「ヨルダンに迷惑をかけたくない。日本人を助けるために、ヨルダン人を犠牲にして欲しくない」という考えに走るでしょう。これは神経が細すぎるというものです。もっと太い神経を持たないと、この種の事件では流されるだけです。

 当サイトで紹介したように、モアズ中尉はとうの昔に覚悟を決めています。イスラム国が週刊誌に彼へのインタビューを許し、彼は記者から「イスラム国があなたをどうするか分かっていますか?」と問われて、「はい。彼らは私を殺します」と答えているのです。彼は自分が殺されることを明白に認識しています。空軍パイロットは敵勢力圏内で墜落すればどうなるかを理解しています。特に、国際法を守らないテロ組織との戦いではなおさらです。

 いま、2つの記事を読み返すと、私は自分がショックを受けないための方策を書いていることに気がつきました。

今後、カサスバ中尉がどんな殺され方をしても、我々は感情の一部を閉鎖し、何も感じないようにするしかありません。殺害されるのが日本人の場合も同様です。それが戦いというものなのです。馬鹿馬鹿しいほどの犠牲を繰り返して進むのが戦いなのです。

 今でも、この考え方は変わりません。私は後藤氏の救出に日本政府が積極的に動くことを期待していますが、同時に最悪の結果に備えて心の準備をしているのです。

 神経を太くして、とにかくヨルダン政府と討議を繰り返すことです。日本人の知恵だけで結論を出さないことです。ヨルダンの意向、イスラム国の意向をしっかりと見極めて、最も利得の多い選択肢を選ぶべきです。

 ヨルダンの新聞「Jordan Times」によると、軍事専門家のマモウン・アブ・ヌワル(Mamoun Abu Nuwar)は、ヨルダンと日本に深いつながりがあることを強調し、ヨルダン政府がリシャウィと交換するためにカサスバと日本人人質を共に解放するよう交渉するかも知れないと言いました。これは日本のメディア向けではなく、ヨルダンの新聞に載ったことです。

 イスラム国がこの条件で納得するかは分かりませんが、それは交渉しないと分かりません。佐藤参議のように「日本政府は何をやっているんだ、後藤氏を助ける為に、ヨルダン政府と連携せよ」等矛先をイスラム国から日本政府に向けてはいけない。」と、最初から選択肢を捨ててはいけないのです。我々はヨルダン政府と連携すべきなのです。

 まず、イスラム国に2人とリシャウィの交換が可能かを投げかけるべきです。イスラム国が断っても、リシャウィだけでなく、適当な額の身代金を出すという条件をつけることもできます。身代金は払わない建前ですが、過去に払ったことがあるのは非公式に確認されているのです。身代金をヨルダンが出すという手もあるでしょう。

 とにかく、しぶとく交渉していくことです。

 ところで、事件後の対応だけでなく、それ以前の対応についても、失策続きだったようです。週刊ポストによれば、昨年、後藤氏が誘拐されたことを知った後、シリア人を使ってイスラム国との交渉を開始したものの、交渉が長引くと「交渉窓口が別のチャンネルになり、途中から『湯川さんを含めた2人を一緒でなければ返さない』というメッセージが届き、身代金を大きく吊り上げてきた。2人一緒の交渉になれば、たとえ身代金を払ったとしても1人しか返さない可能性が高くなるなど、交渉は相手が断然有利になり、暗礁に乗り上げた」とのこと。これでは交渉相手が本当にイスラム国だったのかも疑わしくなります。偽物の交渉人にいいように翻弄されるのは一番避けるべきことです。

 


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