北村淳氏のAAV-7調達に関する記事に疑問

2015.1.24


 JBpressが北村淳氏の「水陸両用車『AAV-7』の不自然な調達 陸自は時代遅れの兵器をなぜ無理やり輸入するのか」という記事を掲載しました。この中で「AAV-7の不自然な調達」という部分には同意しますが、その理由については理解しがたい部分がありました。

 JBpressのプロフィールによると、北村氏は米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務めたこともある人物で、専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論と書かれています。しかし、武器や海兵隊の戦術について、かなりの誤解が見られます。以下、サブタイトルごとに気になる点を指摘します。

水陸両用車AAV-7の誤ったイメージ

 ここで北村氏は、「水陸両用強襲車」は「水陸両用軽装甲兵員輸送車」というのが適切だとし、その大きさと装甲の薄さを問題視します。

基本的に陸上を動き回ることが前提とされている戦車や歩兵戦闘車などと違って、AAV-7は沖合の揚陸艦から発進して、波のある海上を“泳いで”(浮航)海岸線に到達しなければならない。加えて、アメリカ海兵隊側の要求により、3名のクルー以外にも最大25名の海兵隊員を積載できなければならないため大きな車両となってしまった。

大型の装甲車輌を水上に浮かべて航行させるためには、できるだけ軽量化を図らなければならない。そのため、極めて軽量だが、それほど強度は高くないアルミ合金を用いざるを得なくなってしまった。重量はかさむが強度が極めて高い素材が用いられる重装甲車輌の装甲板とは、ここが大きく異なる点である。

 「AAV-7」と歩兵戦闘車「M2ブラッドレー歩兵戦闘車」の仕様を比較してみましょう。

AAV7A1
全長
8.161m
全幅
3.269mm
全高
3.315mm
重量
25.7t
M2ブラッドレー
全長
6.55m
全幅
3.60m
全高
2.98m
重量
30.4t

 大きさは全長が大幅に増えただけで、全幅はむしろ減り、全高が少し増えただけです。重量についてはブラッドレー歩兵戦闘車の方が重いのです。AAV-7が敵に横腹を見せないように上陸することを考えると、致命的な欠点とは言えないことが分かります。

 また、AAV-7とM2のどちらも装甲はアルミニウムで、それほど強力とは言えません。アルミニウムの装甲は以前から、銃弾が貫通すると溶けたアルミが車内にばらまかれ、兵士を殺傷すると言われてきました。装甲車はそのままでは重機関銃の弾は防げないのが普通で、これが特に欠点とは言えないのです。現在は装甲車の脆弱性を補強するため、強化型増着装甲キットで14.5mmの重機関銃弾や155mm榴弾砲の破片の貫通を防いでいます。

イラク戦争やアフガニスタン戦争では、銃弾どころか対戦車ロケット弾(RPG)が飛び交い、道端には車輌を吹き飛ばすために多くの爆弾(IED)が仕掛けられている戦場で、アメリカ海兵隊はAAV-7を陸上での兵員輸送車として使用せざるを得なかった。

予定されていた用い方とかけ離れた用途に投入されたため、AAV-7がIEDで吹き飛ばされて数多くの海兵隊員が一瞬にして戦死したり、RPGがAAV-7を貫通して海兵隊員もろともAAV-7が火だるまになったり、さらにはAAV-7側板を徹甲弾が貫き海兵隊員が死傷したり、といった数多くの悲劇を生み出すこととなった。

 アフガニスタンは内陸国なので、水陸両用強襲車としての用途がなかったのは当然です。そもそも、水陸両用強襲車は上陸後は兵員輸送車としての機能が期待されているのであり、それはごく当たり前のことです。もともと海兵隊は上陸後にAAV-7から別の車両に乗り換えるわけではありません。だから、予定されていない使い方をされたとは言えません。

尖閣奪還などには使えないAAV-7

このように敵の攻撃に対しては脆弱性が高いAAV-7を、“強襲車”というその名称から、突撃用装甲戦闘車両のようにイメージするから「離島奪還に必要なAAV-7」といった誤った表現が飛び出すことになってしまう。外敵が占拠している尖閣諸島魚釣島や宮古島といった離島に、陸上自衛隊先鋒突撃隊員を搭乗させてAAV-7が突っ込んでいく、という妄想に取り憑かれてこのような表現が用いられているようであるが、全くの誤りである。

 尖閣諸島の魚釣島にAAV-7が使えないことは、ほぼ間違いがありません。上陸できる場所は東端にありそうですが、そこから先に進めないので、投入する意味がありません。上陸した時点でPRGで狙い撃ちされるでしょう。それを防ぐには事前に空爆で防衛拠点をつぶすしかありません。そこまで考えたら、西から東まで3.7km程度なのだから、全島を爆撃すればAAV-7を使わなくても占領できることが分かります。

 しかし、宮古島は話がまったく違います。ここは尖閣諸島よりもかなり面積が広く、大規模な部隊が占領し、防衛戦を戦うことができます。しかも、大型船が停泊できる港、ジェット戦闘機が離着陸できる滑走路があります。こういう場所は大型船で兵士や重火器を送ったり、戦闘機を置くこともできるので、予想される戦況は尖閣諸島とはまったく違うのです。他にも、与那国島、石垣島にも同様のことがいえます。

この場合、陸上自衛隊奪還部隊がAAV-7を連ねて、敵が防備を固める海岸線に近づこうものなら、占領部隊が発射する対戦車ミサイルによって、かなりの沖合でAAV-7は隊員もろとも木っ端微塵に吹き飛ばされてしまう(AAV-7が上陸できる海岸の地形は限定されているので、防御側は簡単に予測ができる)。運よく、ミサイル防御網をくぐり抜けたとしても、対戦車ロケット弾によって火だるまにされたり、スナイパーの徹甲弾によって蜂の巣にされてしまう。無事に海岸線にたどり着けるAAV-7はおそらく皆無であろう。

 上陸作戦の前には必ず、敵海岸陣地に対して空爆が行われます。敵がいるところに上陸するのではなく、敵をほぼ殲滅したことを確認してから突入するのです。さらに発煙弾を撃ち込んで、敵の照準線を無力化します。AAV-7が海上で全滅するという話は考えられません。もっとも、今のところ、この上陸支援力については何も決まっていませんから、現状においてはそうだと言えます。

そもそも、地対艦ミサイル(地上から沖合の艦艇を攻撃するミサイル)の性能が進展しているため、海岸線のはるか彼方からAAV-7を発進させないと、AAV-7を発進させる以前に母艦である揚陸艦自体が、対艦ミサイルの餌食となってしまう。そして、海上浮航速度が最大で13.5キロメートル/時(波がある場合は10キロメートル/時にも満たない)と低速なAAV-7が、海岸線から100キロメートル沖合(人民解放軍地対艦ミサイルの最大射程距離はおよそ100キロメートル)から海岸線に向かうのは無理な相談ということになる。

 地球は丸いのです。海軍と空軍について考えるとき、これを無視することはできません。100kmの沖合は地上からは水平線の向こうであり、見ることができません。海岸の低い標高では6km程度しか見えません。もちろん、高度の高い場所からは、もっと遠くが見えます。しかし、100mの高所からでも36km程度で水平線に達してしまいます。これは理論的な数値ですから、気象条件などにより、実際にはもっと近くしか見えないのです。対艦ミサイルの射程が長くても、視認できないことには照準できません。レーダーの探知範囲も視線と同じに考えればよいので、海岸からの対艦ミサイル攻撃の範囲はその範囲で考えればよいのです。

 ただし、航空機から発射される対艦ミサイルは、この範囲から外れます。そのために、周辺の空域、海域は航空、海上両自衛隊によって封鎖されなければなりません。この前提がない限り、上陸作戦は行わないのが常識です。

 揚陸艦を100kmも離れた場所に配置する必要はないのです。米海兵隊の戦術ドクトリンでは上陸部隊の出発点は沖合46kmです。

 また、AAV-7だけで上陸作戦を行うことはないでしょう。歩兵を陸揚げしてから揚陸艇を使って戦車や大砲などの重火器を投入するのは当然です。火力の問題は大きな問題ではありません。

災害救援活動には大活躍

 戦闘には不向きでも、災害救援活動には使えるという主張は疑問です。

もっとも、それ以上に水陸両用兵員輸送車の活躍が間違いなく期待されているのが災害救援・人道支援(HA/DR)活動である。日本や東南アジア諸国で頻発する地震や、津波、それに大規模洪水といった自然災害の救援活動、とりわけ時間との争いでもある初動救援活動では、救援部隊が海から陸地に接近する必要性が高いことが明らかとなっている。まさに沖合から空と海を経由して陸地に殺到するアメリカ海兵隊のバックボーンである水陸両用能力が、HA/DR活動で大活躍していることは、トモダチ作戦を通して日本国民も目の当たりにしたところである。

 この種のHA/DR活動には、ヘリコプターやオスプレイ、それに上陸用舟艇や揚陸用ホバークラフトなどとともに水陸両用兵員輸送車も極めて大きな戦力となっている。例えば、AAV-7はヘリコプターで接近できない瓦礫の沿岸部などへ4.5トンの救援物資が運搬可能である。また、そのような地域から20名程度の避難民を安全地帯に運搬できるし、数名のけが人を担架に乗せて搬送することも可能である。さらに、指揮統制機能を持ったAAV-7は被災地での通信拠点として活動することができる。

 輸送力なら上陸用舟艇(350〜400人程度)とホバークラフト(180名 最大240名)が上で、AAV-7程度の能力ではあまり役には立ちませんし、トモダチ作戦で上陸用舟艇は使われたようですが、AAV-7が大活躍したとも聞いていません。

 以上、疑問点を列挙しましたが、AAV-7の導入が疑問なのも確かです。これだけを導入しても、着上陸作戦は行えないからです。上陸部隊の支援をどうするかは不明のままです。

 上陸時には航空・海上両自衛隊による、上陸準備攻撃が必要になります。むしろ、上陸そのものよりも、事前の準備が重要です。敵の配備を偵察し、それを元に攻撃計画を立て、空と海から島を包囲して、敵軍の接近を阻み、補給をできないようにします。その上で、爆撃と砲撃により敵戦力を無力化し、仕上げとして上陸作戦が行われるのです。

 そのためには、洋上に拠点となる基地が必要になります。つまり、ヘリコプターやオスプレイを搭載する空母が必要なのです。オスプレイが本土から無補給で離島まで飛べるとしても、時間がかかりすぎて戦況に対応できません。政府が主張するように「オスプレイは航続距離が長いから離島防衛に不可欠」というのは嘘です。実際には洋上で発着しないと、戦況の変化には対応できません。米海兵隊はすでにオスプレイが発着できるように揚陸艇を改修していますが、海上自衛隊ではその話を聞きません。こうした艦船には上陸作戦の指揮所も必要になります。

 さらには、空と海に封鎖線をどう設定するのかとか、そのための訓練とかも必要になります。

 もっと重要なのは、離島に防衛施設を設けておくことです。これは外国に上陸が困難だと思わせ、攻撃を思い止まらせるための抑止力です。短時間で民間空港を航空自衛隊の基地に変えるとか、事前に配置する陸上兵力を配置する場所とか、物資の集積です。そして、定期的に部隊の機動訓練を行います。当然、民間人の避難訓練も必要になります。

 私がAAV-7の導入に疑問なのは、兵器だけ購入して他の準備を政府がしようとしていないことです。本気で離島を守る気なら、すでにやっているはずのことに手をつけていない。それなのに、防衛費が4兆円を越えたことを誇る与党の防衛哲学は理解できません。

 


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.