人質事件を生んだ稚拙な中東外交

2015.1.23


 21日に私は記事を一つ削除しました。根拠とした部分に誤りがあったと分かったからです。しかし、その後の経緯をみると、主張は完全に誤っているのではなく、むしろ問題点を浮き彫りにしている部分もあったと思いました。そこで、誤っている部分を削除し、新たに気が付いた点も含めて、まとめておくことにします。

 報道によると、日本政府はトルコやレバノンなど『イスラム国』の影響を受ける中東諸国全体に総額25億ドル(約2940億円)の財政支援を行うことを決めたといいます。しかし、外務省のホームページ「安倍総理大臣の中東訪問」(ページはこちら) を読んでも、どの国にどれだけの財政支援を行うのかは不明瞭です。

 下に支援の中身を列挙します。

エジプト・カイロでの安倍総理の演説
中東全体を視野に入れ、人道支援、インフラ整備など非軍事分野
25億ドル
ボルグ・エル・アラブ(Borg El-Arab)国際空港の拡張、電力網の整備
3億6000万ドル
イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援のため各国へ総額で
2億ドル
エジプト
エジプト当局による国境管理強化のため,UNODC(国連麻薬・犯罪事務所)を通じて
約50万ドル
CCCPA(紛争解決・平和維持のためのカイロ地域センター)に
約97万ドル
MFO(シナイ半島駐留多国籍監視軍)に対して
約104万ドル
ヨルダン
円借款として
1億ドル
国際機関経由で
2800万ドル
イスラエル
ISIL対策として総額
2億ドル
パレスチナ
ガザの人道・復興支援、自治政府への財政支援、雇用、保健分野へ
1億ドル

 オレンジ色の欄の数字が支援の総額です。青い色の欄2ヶ所の2億ドルを、私はそれぞれ別個のものと誤解しましたが、実際には同一の項目でした。ホームページを見て戴ければ分かりますが、とにかく、分かりにくい文章です。イスラム国が誤解したとしても、決して不思議ではありません。

 そして、私はその内容に疑問を感じるのです。

 25億ドルの支援の中、中東訪問中に使途が明らかにされたものを合計すると9億9051万ドルです。残りの15億949万ドル(約65.6%)はどう配分されているのかが分かりません。しかし、ゼネコンら企業の幹部を同行していることから、それに関連した金である可能性は十分にあります。つまり、半分以上の金はビジネス関連で、それを覆い隠すために人道支援分を上乗せした内容なのかも知れません。これでは人道支援のための資金がイスラム国に誤解されたとはいえません。

 安倍総理が1月17日に日エジプト経済合同委員会で行った演説の中では、2億円について次のように説明されています(記事はこちら)。英語版と合わせて引用します。


イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。
We are also going to support Turkey and Lebanon. All that, we shall do to help curb the threat ISIL poses. I will pledge assistance of a total of about 200 million U.S. dollars for those countries contending with ISIL, to help build their human capacities, infrastructure, and so on.

 イスラエル訪問に関して、外務省は次のように説明しています(記事はこちら)。そして、批判を浴びたためか、英文はなく、代わりに人質事件に関する中東各国元首との電話会談の内容の文章が掲載されていて、事件後に差し替えられたものとみられますので、日本語のみを引用します。

安倍総理大臣は,ISIL対策として,日本が総額2億ドルの新規支援を行う旨紹介した。また,イランの核問題について,日本は引きつづき外交的解決を求め,延長された交渉期間中に最終合意に至るため,イスラエルを含む国際社会がEU3+3の取組を支持し,建設的な役割を果たすことが重要である点強調。

 最初の文章については、読みにくく、論旨をつかみにくいことに加えて、内容が不適切なことを指摘しなければなりません。

 イラク、シリア、トルコ、レバノンへの支援が難民対策だとしながらも、それは手段であり、目的はイスラム国対策だというのは明らかに不合理です。

 もともと、シリア難民はシリア政府と反政府派(自由シリア軍等)の間の内乱によって生じたものです。そこへアルカイダが反政府派を支援する形で侵入し、昨年、アルカイダからイスラム国が分派しました。自由シリア軍は最前線ではアル・ヌスラ戦線と共闘している場合もあります。だから、これらの複雑な対立軸の中から、中東各国から非難されているシリア政府の名前を挙げることもなく、イスラム国だけを名指しするのは不合理です。シリア難民対策はシリア政府のシリア国民弾圧への対応として、人道支援であることを強調すべきです。

 シリア難民支援はあくまで人道支援の名の下に行わなければなりません。対テロ政策と結びつけること自体がおかしく、支援活動に対してイスラム国の攻撃を誘発することにつながります。

 トルコはイスラム国とつながりがあるとされます。トルコはイスラム国よりもクルド人を敵視しており、クルド人勢力を抑えるためにイスラム国の力を利用しています。最近は、各国からの要請もあって、イラクからシリア北部へのクルド軍の移動を認めるなどしていますが、同時にイスラム国を黙認しているのです。トルコ国内にはイスラム国関係者が3,000人いるとの情報もあります(関連記事はこちら)。

 イスラエルでの発言については単に「ISIL対策として」としてしか書いてありません。イスラム国がどういう手段で安倍総理の発言を耳に入れたのかは不明です。多分、報道で最初に知り、日本外務省のホームページをみて確認したのだろうと思います。その時には英語版の記事があって、「ISIL対策として」という意味のことが書かれていたのかも知れません。ビデオ映像が公表されてから、外務省は慌てて英語版を削除し、日本語版のみを残し、さらに電話会談で人道支援だということを強調したのかも知れません。しかし、最近は翻訳ソフトというものがあって、各国言語を簡単に翻訳できるのです。イスラム国が日本語版を翻訳してみる可能性だってあります。英語版だけを差し替えたのは、むしろ、真意を隠しているようにみられて逆効果でしょう。

 このように不適切な外交文書を作成する、総理官邸と外務省は批判されて然るべきです。当初、イスラム国は日本人2人を殺害する気はないと言っていました。彼らがその態度を変えたのは、中東訪問での安倍総理の発言が原因である可能性は極めて高いのです。

 これが日本の外務省の実力です。他の件でも外務省の劣悪な外交センスは何度も批判してきましたが、今回も然りです。日本国民は、お寒い日本外交の実態を知り、非建設的な自己責任論などに走るべきではありません。日本は「アジアのノルウェー」になるべきなのです。ノルウェーのように平和国家のイメージが強く、複雑な紛争にも仲介役として呼ばれるような国であるべきなのです。

後藤健二さんがシリアに入国する直前に残したメッセージ

「わたしの名前は後藤健二です。ジャーナリストです。これからラッカに向かいます。『イスラム国』、ISISの拠点といわれていますが、非常に危険なので、何か起こっても、わたしはシリアの人たちを恨みません。何か起こっても、責任は私自身にあります。どうか日本の皆さん、シリアの人たちに、何も責任を負わせないでください。よろしくお願いします。必ず生きて戻りますけどね」

 この崇高な志を自己責任などと言って欲しくありません。 安全な場所から見下すように批判するのは誰にでもできるのです。

 


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