イスラム国が日本人2人の身代金を要求

2015.1.21


 20日、イスラム国が湯川遥菜氏、後藤健二氏を拘束し、日本政府に対して72時間以内に2億ドルを支払わないと二人を殺害すると警告するビデオ映像を公表しました。

 

 

 事件に関連する記事を色々と読みましたが、既成メディアの記事も、個人から発信される意見も、失望させられるものが多くありました。唯一、後藤氏が「湯川さんを救う」と話していたという記事が勇気を与えられただけです。

 読売新聞は、身代金を払うなという社説を「米英、身代金応じず…必要なら軍事力で奪還」という記事を使って主張しました。曰く、「米英両政府は、『イスラム国』など過激派組織に自国民を人質に取られても、身代金支払いには応じない方針を貫いている。」。その実例として、ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏に対する身代金要求を米政府が拒否したことを挙げています。しかし、昨年8月、米政府がフォーリー氏を奪還するために特殊部隊をシリアに派遣し、奪還作戦を展開していたことは意図的に無視しています。米政府はシリアに地上軍を送らないと明言していますが、人質事件に関しては人命を優先し、数ダース分の特殊部隊を航空機で潜入させ、人質がいると思われた場所へ突入させています(関連記事はこちら)。残念ながら、人質はすでに移動させられており、奪還はできませんでした。しかし、気がついたイスラム国部隊と特殊部隊が交戦する場面もあり、命がけの救出作戦であったことが分かります。単純に「テロリストとは取引しない」と言うだけではなく、救出の努力を同時に行うのです。

 巷では、再び「自己責任論」が復活したようです。フェイスブックやツィッターには、そういう主張が溢れかえります。日本人がそう言うので、身代金を要求したテロリストが困ってしまうという風刺漫画まで登場しました。雪山遭難ですら自己責任論が蔓延する日本社会ですから、テロリストに誘拐されたら助ける価値もないとみなされるのでしょう。しかし、アメリカは先に述べたように、救出の努力も全力で行うのです。CIA等の情報機関が人質の居場所を探り、特殊作戦軍と空軍が救出作戦を展開するのです。そこに自己責任論が入り込む余地はありません。政府として威信をかけて人質を助けるだけなのです。自己責任論を突き詰めていけば、コタツでミカンを食う奴以外は全員が無謀な冒険主義者ということになるでしょう。

 フォーリー氏の斬首映像でも登場した「影の向きがおかしい」という主張が、今回もあちこちで聞かれました。こう主張する人たちは、湯川氏と後藤氏の顔にみられる影の向きが違うから、合成された映像だと主張します。こういう主張は、過去、何度も繰り返されてきた戯れ言に過ぎません。ケネディ大統領を暗殺したとされるリー・ハーベイ・オズワルドがライフル銃を持っている有名な写真も、オズワルドの鼻の影の向きと背景の影の向きが違うと主張されました。そこから、これは顔を入れ替えた合成写真だとされたのです。今では、この写真は彼の妻が撮影したものだと判明しています。同様の主張が月面で宇宙飛行士が撮影した写真についても行われています。こうした批判は、影の向きの比較は影が落ちている場所の傾斜などの情報がないとできないことを忘れているのです。第一、ナイフを持つ男は、フォーリー氏の斬首映像にも登場したパキスタン系英国人「ジハーディ・ジョン」と体格と声がそっくりです。人命が危険にさらされている時、無意味な陰謀論を展開することは、人命軽視に他なりません。

 これまでの報道と公開された映像から、私はいくつかのことを考えました。

 湯川氏はイスラム国にシンパシーを感じ、人質から立場を変え、イスラム国に参加するかも知れない。その結果、いつか帰国が可能になるかもしれないと考えていました(関連記事はこちら)。当初、イスラム国の公報から殺すという声明があったのに、湯川氏を生かしていることは、彼の生還の可能性を示していました。一方、後藤氏はイスラム国にとっては、フォーリー氏と同じ立場であり、解放は考えにくいところです。後藤氏が行方不明になったのは昨年10月。イスラム国はいつか彼らを利用する人を考えながら、拘束を続けていたのです。そして、安倍総理の中東訪問がその引き金となりました。

 殺害予告映像は、彼らの情報戦の一環です。人命を使い、弄ぶ、冷酷な情報戦なのです。人質にオレンジ色の目立つ服を着せ、覆面の男が即死させる能力を持つ銃ではなく、傷みをより感じるナイフを持つのは彼らの演出なのです。この情報戦によって、イスラム国はイラクで大きな領土を得ました。この力が見せかけのものであることは、軍事分析の見地から当サイトで説明済みです。

 2004年、イラクで起きた日本人人質事件と違い、今回の事件では、こちらから何もできそうにありません。この時、私は人質を解放するよう武装勢力に伝えてくれと、アルジャジーラに電子メールを送りました。この方法は今回は使えそうにありません。自由シリア軍など、イスラム国に敵対する勢力が、偶然、人質がいる場所を攻撃し、解放してくれるような奇跡を願うしかありません。率直に言って、無力感を感じています。

 


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