3Dプリンター銃事件の意味

2014.5.10


 毎日新聞によると、3Dプリンターで樹脂製の拳銃を製造したとして、銃刀法違反(所持)容疑で逮捕された川崎市高津区、湘南工科大職員、居村(いむら)佳知容疑者(27)が神奈川県警の調べに対し、「自衛や弱者を守るために銃が必要だった」と供述していることが捜査関係者への取材で分かりました。

 今年2月には県公安委員会に散弾銃所持の許可申請を出していたことも新たに判明。県警は居村容疑者が銃に強い執着を持つようになった経緯についても調べます。

 居村容疑者は県警のその後の調べに「弱者が強者に負けないためには銃が必要」などと供述しました。

 また、県警などによれば、居村容疑者は今年2月下旬、高津署(川崎市)を訪れ、散弾銃所持の許可申請の書類を出していました。しかし、その後の審査で居村容疑者が今回の事件の捜査対象になっていることが判明。同署は別の理由で申請を不受理としました。


 記事は一部を紹介しました。

 記事は説明不足です。

 日本では自衛のために銃を所持することは認められていません。銃の許可証には用途の欄があります。そこには「標的射撃」「狩猟」のいずれかか両方が記入されていて、それ以外の用途には使えないのです。だから、猟銃所持者が家に押し入った強盗を撃退するために、猟銃を使うことは許されません。正当防衛のためであっても、銃は使えないのです。猟銃と弾の金属製保管庫は別々になっており、常に施錠するという規則があり、できる限り、異なる部屋に置くようにも指導され、銃の更新の際には、警察官が実際に保管庫の位置を確認します。つまり、強盗を撃退するために銃を使うには、両方の保管庫を開けなければならず、それでは間に合わないという問題もあります。射撃場や狩猟の行き帰りの途中で、強盗に遭った場合も同じです。銃からは弾を抜くことになっていますし、銃はケースに収め、弾はポケットかバッグなどの中に仕舞い込んでいるので、間に合わないということになります。

 こういう社会環境の中で、個人的な見解で「自衛」のために銃を使うという発想は、認められるわけがありません。 このことは、銃砲所持免許を勉強する中で知ることになるはずですが、居村さんは理解できなかったのでしょう。

 多分、彼は銃砲雑誌などの影響で、こういう考えを持つようになったと想像します。実際、これらの雑誌はアメリカの銃砲所持の概念を誤って伝えている場合が多く、参考になりません。

 以前にも書きましたが、アメリカは武力でイギリスから独立を勝ち取りました。それも正規軍ではなく、各地の民兵が戦ったのが発端でした。後に正規軍が編成されるものの、民兵も併用したのです。こういう建国の歴史から、武力によって独立を勝ち取ったという意識が定着し、アメリカでは、独立のための武器は規制しないという考えができあがったのです。現在でも、アメリカでは最低限の手続きで銃を所持できます。

 一方で、銃による犯罪の多発、自殺に使われるといった弊害も生んでいます。米軍では、隊員の自殺が多く、その大半に個人的に所有する銃が使われています。ところが、自殺防止のためであっても、個人が持つ武器は取り上げられないという考え方が主流でした。これが覆ったのは最近で、上官と医療要員が当人の同意を得た上で、自殺したいという気分が消えるまで、銃を預かれるようになりました。

 武器を持てるのは基本的権利という考え方は、特に南部で根強く、女性でも銃を撃つことを楽しみにしていたりします。日本はこういう環境にはありません。

 3Dプリンター銃の危険度ですが、現段階ではさほど大きいものとは言えません。素材が樹脂なので、強力な弾を撃った時に壊れる危険があり、射手が負傷する可能性も高いのです。居村さんは空砲でしか試射をしていないようです。空砲と実弾では火薬の爆発が生むエネルギーが違います。実弾は弾で火薬が密閉されており、これにより高い圧力が銃身にかかります。空砲は撃てても、実弾では銃が壊れるかも知れません。警察が発表した、基準の5倍という数字がどこから出たのかは分かりません。本当に、実弾を撃ったことのない3Dプリンター銃で実弾を撃ち、ベニヤ板を貫通する実験をしたのかが気になっています。もし、実験で銃が壊れてしまったたら、裁判に提出する証拠が失われたことになります。その危険を覚悟で実験を行ったのでしょうか。また、弾の選定も問題です。単に口径にあった弾を選んだのでしょうか?。発射試験をしたのか、どんな弾を使ったのかという詳細が公表されない限り、基準の5倍という数字は信用できません。

 Youtubeの映像を見る限り、回転式の3Dプリンター銃は、巨大な回転弾倉のために照準器がなく、銃身が上にあって重心が高いので、著しく狙いにくいと思えます。それ以外の銃も大きく、狙いにくそうです。 ゴムバンドで撃針を前進させる構造は、狙いを逸れさせる可能性が高く、この銃はごく近くでしか使えないということになります。率直に言って、これは自衛のためには使えません。第一、大きすぎて携帯できません。航空機のハイジャックにも使えないでしょう。これくらい大きいと、持ち物検査の時に見つかりそうですし、オモチャだと思った乗客が抵抗するかも知れません。むしろ、ヒットマンが使う暗殺銃となるでしょう。標的に接近し、銃を相手に押しつけるようにして撃って、逃げるのには使えるのかも知れません。単発式と箱形弾倉式らしい3Dプリンター銃もありますが、やはり大きすぎます。強度を維持するには、これくらいの大きさが必要になるのでしょう。

 金属製品を製造できる3Dプリンターは高価なので、個人では買えそうにありません。もちろん、オウム真理教のように金を持っていた組織なら手に入れるでしょうから、その危険は排除できません。

 自衛のため銃なら、別の形が考えられたと思います。防犯上の理由で詳細は書きませんが、それはすでに過去に作られたもので、危機に陥った時に一発撃って逃げるという使い方をします。今回の事件は、目的と手段が合致していないと感じます。

  率直に言って、居村さんがこの銃で問題を起こす危険性は、ほとんどなかったでしょう。違法だったとはいえ、自衛のためのという明白な目的を持っていたので、目的もなく興味本位で作ったのとは違います。また、インターネットに映像を公開していたことから、違法行為になるという認識がなかった可能性もあります。あまり重たい刑罰にする必要もないと思います。

 アルカイダが自爆ベストやIED(簡易爆弾)を作るのと比べたら、危険度は相当に低く、それほど大きく扱うべき事件でもないと思います。こういう若者には人生をやり直すチャンスを与えるべきで、致命的な打撃を与えるべきではありません。

 なお、BBCがこの事件を報じていますが、割と簡単な扱いで、日本で報じられている内容とほぼ同じです。2013年10月に、イギリスで3Dプリンター銃の部品が発見されたと考えられましたが、部品は3Dプリンターのスペア部品だったことが分かったという部分が目を惹きました。


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