松江市教育委が閲覧制限を撤回

2013.8.27


 毎日新聞によると、松江市教育委員会が故中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を全小中学校に要請している問題で、市教育委員5人による臨時会議が26日、松江市役所でありました。

 「市教委が学校側に閲覧制限を求めた手続きに不備がある」「取り扱いは学校の自主性を尊重する」との意見で全員が一致し、制限の撤回を決めました。委員の一人の清水伸夫教育長(62)は会議後の記者会見で「子供の健やかな成長を願った判断だったが、結果として混乱させたことをおわびする」と陳謝しました。


 記事は一部を紹介しました。

 どうやら、各小中学校での自主性に任すという結論になったようです。『はだしのゲン』のような漫画を自由に子供に読ませることに問題があることは、すでに書いた通りです。

 記事には、「子供の知る権利」について、桜井照久委員が「知識を自由に得ることをコントロールすることは問題だ」と指摘したとも書いてあります。これが、大多数の日本人の意見かも知れません。

 しかし、『はだしのゲン』は小学生が読むには刺激が強すぎる作品です。少なくとも、読む心構えができている子供を選んで読ませるべきです。

 朝日新聞デジタルには、アメリカの漫画家、レイナ・テルゲマイアーさんの意見が紹介されています。テルゲマイアーさんは「いくつかのシーンは読者を動揺させるかもしれない。でも、私は10歳で『はだしのゲン』を読めて良かった」と言います。しかし、彼女は「私の周囲の大人はその暴力性についても私と話し合い、学ぶ機会をくれた」とも述べています。このように、保護者などと一緒に読み、意見交換が可能な環境で読ませるべきなのです。(テルゲマイアーさんが読んだのは外国語版がある一巻目だけと思われます。彼女のウェブサイトはこちら。彼女が『はだしのゲン』を読んだ時の様子が漫画で書かれていて、セリフは日本語に訳されています)

 平和教育によいと聞いたと、親が子供に「いい本だから読め」と投げ与えるだけでは不十分です。『はだしのゲン』は『ドラえもん』とは違うのです。残酷な場面では子供がショックを受けるかも知れません。暴力は漫画だから誇張して描かれているけど、時代的にこうした暴力があったことは事実だということを説明してあげるべきです。

 松江市教育委員会の委員がまったく考慮していないのは、犯罪が多く描かれていることです。教育委員会が犯罪の描写に気を配らないのは信じられないことです。主人公のゲンは他人を騙したり、盗みを働いたりしますし、ゲンの弟分の隆太は仲間の報復のためにヤクザとその親分を射殺します。こういう描写がある作品は、少なくとも小中学生には注意して読ませるべきです。

 分かりやすく映倫の区分で言えば、『はだしのゲン』は、誰もが観られる「G」ではなく、小学生には指導・助言が必要な「PG12」に該当するということです。それを表現の自由の観点だけから、「G」に分類される作品とすべきだという考えには抵抗があります。少なくとも、本を高学年用図書の棚の、低学年児には手が届かないくらいの高所に置くくらいの工夫は必要です。

 松江市教育委員会は学校長の判断に任せるとしましたが、この状況の中で、保護者の指導の下で読ませると決められる学校長はいるのでしょうか。教育委員会は自分で問題を作っておきながら、また学校長に下駄を預けたのです。教育委員会はまたしても問題を作ったと言うべきです。

 そもそも、教育委員会が最初に閲覧制限を決めたのは、保守活動家からの要請があったからで、市議会は良識を見せて却下したのに、圧力を感じた教育長が独断で指示を出したのです。この圧力に対する耐性の欠如は問題であり、先にその総括をすべきです。

 あとは、松江市小中学校の学校長の英断に期待するしかありませんが、『はだしのゲン』の内容を理解した教師が読書指導をすることも必要でしょう。

 子供にどんな本でも自由に読ませることにこだわる人は、『戦争の心理学 人間における戦闘のメカニズム』を読むことを勧めます。暴力描写が多い劇作品が、子供に悪影響を与える場合がある理由が分かります。また、平和を知るには、赤十字社を創設したアンリ・デュナンや大戦中に日系人を収容所に入れることに反対したファーストレディ、エレノア・ルーズベルトの伝記も有用だということを知るべきです。『はだしのゲン』だけにこだわる理由も、またないのです。

 余談ですが、中学生の時、学校の図書館にある『FBI物語』というドキュメンタリー本を読みました。エドガー・フーヴァー長官がどうやってFBIの組織を作り、ギャングと戦ったかという話でした。私はフーヴァー長官は大した人だと感心したのですが、成人後に別の本を読んで、彼がとんでもない独裁者だったことを知りました。こういう本も、見かけとは違って有害図書といえます。とかく、有害図書の判断はその外観でなされることが多いのは残念なことです。


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