石破幹事長の軍法会議発言の無知

2013.7.25

 自民党の石破茂幹事長が4月21日放映の「週刊BS-TBS報道部」で、憲法改正について触れ、軍法会議の必要性を説いていたことを最近知りました。

 その中で石破幹事長は、「(自民党案に)軍事裁判所的なものを 創設する規定がございます」と述べています。憲法草案では「審判所」としているものが「軍事裁判所」と認めています。

 石破幹事長はさらに「自衛隊が軍隊でない、なによりの証拠は軍法会議がないことであるという説があって」と述べ、現在は自衛官が命令を拒否したいと言ったら、最高懲役7年しか科せられないことを指摘しました。

 その上で石破幹事長は、人は死にたくないと考える本性があるから「その国にある最高刑がある国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役300年なら懲役300年」にしないと、戦争に行く人を確保できないという認識を示しました。

 この見解は現在の世界の軍隊の法制度と比べても、論外としか言いようがありません。

 まず、軍法会議の有無が軍隊かどうかの判断基準にはなりません。現在、ドイツ軍には軍法会議はありませんが、だからといって、彼らをドイツ自衛隊とは呼びません。日本の自衛隊は国内では憲法論争があって、自衛隊は軍隊ではないとしていますが、国際通念上は軍隊と認められています。軍法会議を設けることで、自衛隊を本物の軍隊にしたいと考えるのは間違いです。

 憲法は各国の歴史の中で作られるもので、国際法に違反しない形に、各国が研究して定めるものです。ドイツ軍が軍法会議を持たないのは、ナチス時代の反省からです。ドイツは同じ理由で死刑も廃止しました。日本も旧軍の憲兵隊の問題を考えれば、軍法会議を設置しないという選択肢もあるわけです。

 当サイトでは、米軍の脱走や良心的兵役拒否について、何度も取り上げてきました。そこからは、米軍でも脱走罪の求刑は禁固6〜7年程度であることが分かります。米軍の統一軍規法典では第85条「脱走罪」について、刑罰は戦時においては最高刑は死刑またはその他の刑罰とされていますが、平時においては死刑以外と定められています。

 こうした条文があっても、実際には死刑は求刑されていないのが現状で、米軍でも第一次大戦以降に死刑判決を受けた者はいますが、実際に執行されたのは一人しかいません。実際に、どの程度の刑罰を科すかは、専門家らが長年議論の上で決めてきたことで、一政治家が「死刑」と言い切れるような問題ではないのです。下は脱走罪の条文です。

§ 885. Art. 85. Desertion
(a) Any member of the armed forces who—
(1) without authority goes or remains absent from his unit, organization, or place of duty with intent to remain away therefrom permanently;
(2) quits his unit, organization, or place of duty with intent to avoid hazardous duty or to shirk important service; or
(3) without being regularly separated from one of the armed forces enlists or accepts an appointment in the same or another one of the armed forces without fully disclosing the fact that he has not been regularly separated, or enters any foreign armed service except when authorized by the United States; is guilty of desertion.
(b) Any commissioned officer of the armed forces who, after tender of his resignation and before notice of its acceptance, quits his post or proper duties without leave and with intent to remain away therefrom permanently is guilty of desertion.
(c) Any person found guilty of desertion or attempt to desert shall be punished, if the offense is committed in time of war, by death or such other punishment as a court-martial may direct, but if the desertion or attempt to desert occurs at any other time, by such punishment, other than death, as a court-martial may direct.

 当サイトで取り上げた脱走罪の裁判例を2件紹介します。

事件発生年 2004年
氏名 アグスティン・アグアヨ陸軍技術兵
事件の内容 2度目のイラク派遣を拒否
求刑 禁固7年
判決 禁固8ヶ月
その他 刑期から勾留された161日間を差し引き、数週間後に釈放、二等兵への降格、給与の没収、不名誉除隊よりは少し軽い懲戒除隊
事件発生年 2006年
氏名 エーレン・ワタダ陸軍中尉
事件の内容 2度目のイラク派遣を拒否
求刑 禁固6年と不名誉除隊
判決 禁固8ヶ月、二等兵への降格、給与の没収、不名誉除隊よりは少し軽い懲戒除隊
その他 一事不再理による審理無効のため判決は出ず、不名誉除隊以外の状態での依願除隊 

 私は、この改憲草案は研究の足りない、杜撰な意見に過ぎないと考えます。

 石破幹事長が望んでいるような、刑罰が死刑一つしかない犯罪が日本には一つだけあります。外国に日本に対する武力攻撃を行わせた場合に適用される「外患誘致罪」は刑罰が死刑しかありません。有罪成立には明確に外国の攻撃を招かせたという事実が必要なので、過去に適用された事例はなく、今後もないだろうと考えられている法律です。つまり、脱走で死刑にするのは、刑罰のバランスを大きく壊すことにもなるのです。

 自民党の改憲草案には、さらなる矛盾があります。第9条の二、5には、シビリアンコントロールに反した規定があります。

5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるとこ ろにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

 軍務に関する仕事をしたり、国防軍の機密を知り得る「その他の公務員」は、軍人ではない民間人です。民間人を軍人が一審として裁く仕組みは、シビリアンコントロールを逸脱します。たとえば、この公務員が政府内でシビリアンコントロールに従事する者であった場合、その者を軍が裁く構造は明らかに矛盾しています。シビリアンコントロールに厳しいアメリカでは、連邦軍に民間の司法権を認めておらず、国内での警察活動すら認めていません。 軍人が民間人を死刑にできるという制度は、上訴が認められるとしても合法とは言えないと、私は考えます。

 また、人間性を考えるのなら、人は時として、自己犠牲を厭わないことに注目すべきです。戦場で自己を犠牲にして味方を救った実例なら、このサイトに何人も紹介してきました。現代では、そういう勇敢な行動がなぜできるのかについても、心理学的観点からの解明が進められています。そんな時代に、逃げないように死刑にするという発想はアナクロとしか言いようがありません。

 それから、石破幹事長は防衛庁長官だった時、イラクに自衛隊を派遣する前に、自分が現地を視察すると言いながら、実行しなかった人です。護衛付きでも戦地に行かなかった人が、脱走罪を語っているわけです。


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