自民党の憲法改正は国防軍創設だけではない

2013.5.3


 今日は憲法記念日です。そこで、最近動きが見える憲法改正の議論について、軍事的な面から書いてみます。

 自民党などが主張する憲法改正の根本は、日本国憲法がアメリカによって押しつけられた憲法なのだから、これを改正して、日本人が自ら憲法を制定すべきだ。日本人が日本の憲法を作るのは当たり前だということにあります。確かに、日本人が日本の憲法を作るのは当たり前のことでしょう。しかし、アメリカが日本を占領した時、日本の軍国主義を脅威とみなして、これを排除する形で、日本に憲法を制定させたのも、軍事的な見地からは当然のことだったと、私は考えます。当時の憲法をそのままにしていては、日本はまたアメリカの脅威になると考えられるからです。「押しつけ憲法」という名称はむしろ生ぬるく、「強制憲法」だったと考えてもよさそうです。一方で、似たようなことは、日本が植民地に対して行ったことでもあります。傀儡勢力を植民地に作らせるのは、軍事的手法として、当時は当然でした。それは、当時の国際社会の環境だったのです。いま、シリアの政府派と反政府派に和解を求めても、決してまとまらないでしょう。しかし、将来的にどうなるかは分かりません。それと同じで、当時の常識を現代の常識で解釈しようとするところに間違いがあります。

 それは、国民を議論に巻き込むために、議論を単純化し、誰にでも共感しやすい一般常識に議論を矮小化しようとする点は、詐欺的手法で感心しません。議論は名ばかりで、憲法改正に反対すれば「では、あなたは非国民ですね」という決めつけが待っています。つまり、結論ありきなのです。

 私は憲法第9条は改正しない方がよいと考えています。憲法の中身だけを見ていては、その理由は分かりません。問題は、自民党の危機管理能力にあります。

 自民党の安全保障政策を見ても、その中身はスカスカです。なぜなら、自民党は政策をすべて官僚任せで、自分の頭で考えていないからです。当サイトでも、これまで何度も安倍総理の主張の疑問点を取り上げてきました。安倍総理に危機管理に必要な知識がないことは明らかで、その点では、危機管理能力がないと批判された民主党と大差ありません。自民党の政治は、基本的に官僚任せです。これは最近読んだ、民主党の簗瀬進氏の「『市民が主役』の原点へ」という本に書かれていました。簗瀬氏はかつては自民党の議員でした。その当時に、複数の省庁にわたる総合的な判断が必要な時でも、自民党は省庁任せで、省庁は自分の役所の視点でしか物事を考えないので問題を解決できず、簗瀬氏が強い不安を感じたということが書いてあります。こうした性質の政府に、戦争をできる法整備を認めたら、どんな失敗をするか予測もつかないという不安が、私が憲法改正に反対する理由です。また、憲法改正に賛成する国民は、こうした軍事的側面を見ていないと、私は考えています。

 自民党の憲法改正草案(草案はこちら)を見ると、国防軍の創設だけでなく、軍事裁判の復活が記されているのに目が行きます。ここまでやるのかと驚かされました。これについては田岡俊次が「軍法会議復活めざす自民党憲法改正草案の時代遅れ」という、興味深い記事を書いています。

 記事中の「軍法会議」は旧日本軍が軍事裁判に対して用いた名称です。私はこの名称は現代では分かりにくいと考えるので「軍事裁判」という名称を用いますが、どちらも同じものです。

 実は当サイトで、米軍の軍事裁判の記事を多く紹介してきたのは、軍の司法を知ることは、軍事を考える上で重要だと考えているからです。そこには軍の性質が多く反映され、兵器や戦術について知る以上に、軍隊を考える上で大事なのです。

 田岡氏は、旧軍の軍法会議では、部下が上官を罵倒するといった、規律の乱れが見られると書いています。果たして、これと同じ状況が自衛隊(新憲法後は国防軍)で起きるとは私は考えませんが、事件の内容によっては起こるかも知れません。また、身内同士のかばい合いになるという主張も、必ずしもあたっていないと考えます。

 おそらく、新国防軍は米軍の軍事裁判をモデルにして裁判の仕組みを考えるはずです。米軍の裁判では、部下が上官を罵倒するなど許されません。裁判官と被告の階級が同じ場合、被告は裁判官に敬語を使わなければなりません。確かに、将官が裁判にかけられた事例はなく、下級の兵士が厳しく裁かれる傾向はあります。記事中にある「えひめ丸事件」やイタリアでのゴンドラとの衝突事件は、むしろ海外での訓練中の事件は軽く裁かれる傾向があるという問題を示しているように思えます。戦闘、休暇などの間に起こした事件は厳しく裁かれるのに、訓練中に関しては緩いように、私は漠然と感じています。戦闘中に起こした事件では、厳しい処罰が多いということは、当サイトで紹介してきた記事からも分かります。

 田岡氏は、医師会が医療過誤の裁判は行わないと書いています。これは面白い視点です。法律家の弁護士には懲戒制度という、事実上の司法制度が存在します。最高で弁護士資格を取り消すほどの強い権限をもっています。しかし、刑事罰までは認めていません。その点で、国防軍に司法権限を持たせるということは、大きな変化です。それなのに、自民党の草案では「審判所」という弱い意味合いの用語を用いており、条文によると、国防軍の軍人だけでなく、「その他の公務員」も裁けることになっています。

 政治的な面から見ると、憲法改正と、韓国・中国との領土問題、歴史認識問題への対処は、安倍政権の弱点となることが明らかです。憲法改正は国論を二分するような大問題であり、隣国との問題は外交問題が安定しないという不安を生み出します。さらに、これらに対するアメリカの対応にも注目が必要です。オバマ政権は自民党ではなく、民主党と仕事をやりたがっています。これはアメリカの民主党が日本の民主党に親近感を持っているためでもあります。日本で人気がなかった民主党の野田総理が退任する時、オバマ大統領から特別なメッセージが出されたのは、その表れです。だから、安倍総理が小泉純一郎のように、アメリカの大統領から好かれるということは期待できません。先の話ですが、オバマ大統領が任期を全うした後、民主党が大統領候補に立てるのは、多分、ヒラリー・クリントンだと思われています。それに対して、共和党が十分に勝てる候補者を出せるかが怪しいという問題もあります。ヒラリー・クリントンは常に意見を明確にする点で、アメリカ国民に信頼されています。アメリカで民主党政権が続くとすれば、オバマ後に「アメリカから好かれない日本」という問題が、遅ればせながら認知されるようになるでしょう。アメリカの安全保障の観点からも、韓国・中国と対立を深める日本は、扱いにくい国でしかありません。韓国・中国だけでなく、アメリカとの関係も悪化したと日本国民が理解したら、孤立感が高まり、安倍政権の支持率が落ち始めるのは早いでしょう。安倍総理が小泉元総理のように、アメリカと深いつながりを築けるという期待には根拠がないのです。


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