橋下氏の「私の認識と見解」は恥の上塗り

2013.5.27

 従軍慰安婦と米軍への風俗利用の提案について、橋下徹大阪市長が「私の認識と見解」という12ページ分の見解を発表しました。

 早速、読んでみましたが、矛盾がある主張に満ちており、恥の上塗りではないかと感じました。以下に具体的に問題点を指摘します。

 冒頭の「私の拠って立つ理念と価値観について」は、橋下氏の普段の言動と著しく違うという印象しかありません。かつて、テレビ番組で核武装賛成と主張した人の言葉とは思えないし、弁護士時代の彼の活動とも違うと感じるのみです。

 「いわゆる『慰安婦』問題に関する発言について」が本論ですが、ここにも勉強不足や矛盾が見られます。

戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です。女性の人権を尊重する視点では公娼(こうしょう)、私娼(ししょう)、軍の関与の有無は関係ありません。性の対象として女性を利用する行為そのものが女性の尊厳を蹂躙する行為です。また、占領地や紛争地域における兵士による市民に対する強姦(ごうかん)が許されざる蛮行であることは言うまでもありません。

 実際には、米軍は他の軍隊に比べると、力を入れて買春の防止や性犯罪に取り組んできたというのが実状であり、それを世界中の軍隊と一緒にすることは難しいと、私は考えます。先に掲載した記事に引用したレポート(レポートはこちら)にあるように、日本に進駐後、米軍は日本が設置した慰安所を利用しました。米軍司令部内に容認派がいたためです。しかし、性病患者が急増したことが問題視されるようになり、米軍は閉鎖を命令しました。

 まず、冒頭の「戦場において」は軍事的には正確な表現とは言えません。普通、交戦地帯に売春宿は成立しません。戦闘が起こらない戦域内、あるいはベトナム戦争時の日本や韓国のような戦域外の地域を指すべきでしょう。

 歴史的に見ても、第1次大戦以降、米軍は兵舎の周辺に売春宿を作らせないという方針を貫いており、現地部隊が売春宿を黙認していることが発覚して問題になるといった事件が起きています。橋下氏がいうように、米軍は買春や売春を放任してはいません。

 「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 1 二つの世界大戦と原爆投下」の中には、アメリカが厳しい買春規制をやったことが書かれています。「性的不道徳との闘い」の章によると、フランスの首相クレマンソーがアメリカの陸軍長官ニュートン・ベーカーに、フランス兵士向けと同等の売春宿を提供しようと書いた手紙を出したことがありました。ベーカー長官は「お願いだ……これは大統領には見せないでくれ。さもないと大統領は戦争を中止してしまう」と答えたといいます。

 また、強姦についても、米軍は最高刑を死刑と定めています。当サイトでは、イラクで起きた米軍兵士による強姦事件の裁判を何度も取り上げてきましたが、判決は常に厳しいものでした。日本や韓国では、強姦が事実であると確認できる場合、米軍は兵士の身柄を日本や韓国に引き渡しています。韓国の法廷で米兵に厳しい判決が出たことも、以前に紹介しました。

 橋下氏がどんな資料を見た上で発言しているのかは分かりませんが、ほとんど読んでいないか、俗っぽいものを読んで、漠然と理解したことだけで発言しているように見えるのです。

 また、この部分は後段の「在日アメリカ軍司令官に対する発言について」の主張とも矛盾します。橋下氏はこのように主張します。

 アメリカ軍内部において性暴力が多発し、その統制がとれていないことが最近、アメリカで話題となっています。オバマ大統領もアメリカ軍の自己統制の弱さに相当な危機感を抱き、すぐに効果の出る策はないとしつつ、アメリカ軍に綱紀粛正を徹底するよう指示したとの報道がありました。

 このような状況において、私は強い危機感から、在日アメリカ軍司令官に対して、あらゆる対応策の一つとして、「日本で法律上認められている風俗営業」を利用するということも考えるべきではないかと発言しました。すぐに効果の出る策はないとしても、それでも沖縄の現状を放置するわけにはいきません。私の強い危機感から、ありとあらゆる手段を使ってでも、一部の心無い在日アメリカ軍兵士をしっかりとコントロールして欲しい、そのような強い思いを述べる際、「日本で法律上認められている風俗営業」という言葉を使ってしまいました。この表現が翻訳されて、日本の法律で認められていない売春・買春を勧めたとの誤報につながりました。さらに合法であれば道徳的には問題がないというようにも誤解をされました。合法であっても、女性の尊厳を貶(おとし)める可能性もあり、その点については予防しなければならないことはもちろんのことです。

 当サイトで以前から紹介しているように、米軍内での性犯罪は最近起きたことではありません。以前から、同じようなことが繰り返されているのです。まず、その辺からして認識不足ではないかと指摘せざるを得ません。政治家が何かの問題について発言する場合、専門家や問題の当事者などに十分な調査を行い、確信が得られた段階でなすべきであり、なんとなく感じたのでといった理由で口を開くべきではないのです。分からないことについては、「それについては不勉強だから」として語らなければよいのです。

 また、ここには大きな矛盾が見られます。現代のいわゆる「ソープ嬢」が公娼にあたるとすれば、橋下氏の価値観では風俗営業も女性の尊厳の蹂躙にあたるはずです。それを米軍司令官に提案したこと自体、橋下氏の思考の混乱を表しているように、私には思えます。橋下氏が戦地での公娼を認めず、現代のソープ嬢を是認する根拠は一度も示されていません。

 私には、橋下氏が何故に買春問題だけを取り上げて、女性の人権侵害だと主張するのかが理解できません。かつて、米兵と恋愛関係になった日本人女性は、その米兵と結婚できない時期がありました。日本人女性が米兵と結婚して米国民となると、当然アメリカ人として与えられるべき社会保障を受けられるようになります。かつての敵国の女に、米国社会の恩恵を受けさせるのはおかしいというわけです。これは次第に問題視されるようになり、撤廃されました。これも重大な人権侵害です。日本の米軍向け宣伝放送の司会役「東京ローズ」は、実際には複数の女性がいたはずなのに、アイバ・戸栗・ダキノは、唯一の東京ローズと疑われ、裁判にかけられ、国家反逆罪で有罪になりました。これ以外にも、戦争に関係する事柄で、アメリカ人から差別を受けたことがある人がいるはずです。

 この声明に、橋下氏は女性の人権侵害は許されないと、繰り返し書いています。しかし、そのための政治活動を行うとは一つも書いていません。6月のG8サミットでこの問題が取り上げられることに期待する旨が記されているだけです。橋下氏がこの問題に対して取り組んできた経歴や、今後の意志があるようには見えません。

 橋下氏は常に、話題になるような事柄をあえて発言することで人気を得てきた人です。特に、テレビでの発言に、その傾向が見られます。橋下氏が選挙に立候補した時、核装備発言について記者から質問されたとき、「バラエティー番組での発言で世間ウケしないといけなかった」と答えたことは、その典型です。いわば「どぎつい」ことを発言して、周囲を自分になびかせようとする傾向があるといわざるを得ません。今回の騒動の根幹はそこにあるのです。


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