メディアが拙速にテロ対策を語る愚

2013.3.16


 産経新聞が15日付で報じた、西田令一論説副委員長の『邦人“犠牲者率”なぜ最大だった アルジェリア人質事件』は、曖昧で、事実を的確に捉えていません。

 「先頃、東京都港区のパキスタン大使館を訪れ、隣にアルジェリアの公館があることに気づいた。人質事件で、この国を意識するようになっていたためだろう。」と西田氏は、どうでもよくて、意識の低い、情緒的な観察眼の披露からはじめ、そうした視線によって結論を導いていますが、それに意味があるとは思えません。

 論説の骨格部分は以下のとおりです。

 だから、事件を教訓に、防衛駐在官増員、保護・救出すべき邦人の陸路輸送も可能にする自衛隊法改正、情報、対応、決定を一元化する日本版国家安全保障会議(NSC)の創設なども急いだ方がいい。

 課題は情報だ。この事件でいえば情報収集・分析の対象を一体、何が起きたかに絞り、日本人の犠牲者、特に、施設内の数に対する犠牲者率が最大だったのはなぜか、を解明することが試金石となろう。

 駐在文官の増員、自衛隊法改正、NSC創設は、いずれも事件が起きてからの対処策です。これらはアルジェリアのような国でのテロ事件の対策にはまったく不向きです。以前に述べたことですが、アルジェリアは外国の軍隊を受け入れるつもりはまったくありません。大使館勤務の駐在武官はともかく、自衛隊の救出隊を受け入れることはありません。NSCが自衛隊の派遣を政府に勧告しても、アルジェリア政府が拒否します。つまり、これらの対策は、他の国はともかくも、アルジェリアでは役に立たないのです。日揮が今後もアルジェリアで開発に携わる場合、これらの対策は意味がないということです。この意見は、一見、テロ事件の犠牲を無駄にしないためのように見えますが、実は、逆に無視しています。

 日本人の犠牲者が多かった理由を調べたところで、将来のテロ事件は防げません。この二者にどういう関係があるのか、西田氏は十分な説明もしていません。現場にいた外国人の総数で、日本人が一番多かったのなら、必然的に犠牲者が多かったのは自然な話です。それを解明したところで、テロ集団の襲撃を防ぐ手がかりが得られるとも思えません。西田氏の興味とテロ対策は基本的に合致しないのです。

 西田氏の意見は、ぼんやりとした不安から無意味な危機管理論をひねり出したに過ぎず、読むに値しません。

 日本政府が最初にやるべきなのは、外務省と防衛省に共同グループを作らせ、海外で活動している企業の詳細を把握することです。何人の社員が、どんな場所で、どんな活動をしているのかを調べ、想定されるテロ事件から、どんな対処が必要かを検証することです。何をすべきかは、それらがまとまってから判断することであり、とにかく自衛隊を派遣できるようにすればいいんだ、という発想は拙速すぎます。自衛隊機をどの空港に派遣し、どこからどういうルートで現場まで向かうのか。その過程にどんな障害があるのか。たとえば、武装グループによる待ち伏せ攻撃は最大の問題です。軍事作戦は必要になるのか。これらを調べ上げるだけでも大変な作業ですが、政府がそれに取りかかったという話が聞こえてこないのが、私には不思議でなりません。この調査を終えてから、どういう対策が必要なのかを検討することになります。

 実は、最大の問題は、そのレベルです。情報収集だけに留まらず、現地国との共同のテロ組織の掃討作戦、テロ組織幹部の拘束と尋問。導入が検討されている自衛隊の無人偵察機によるテロ組織の監視などの技術提供。こうした日本版の「テロとの戦い」にまで足を踏み込むのかといった問題なのです。これは日本という国の性質を変えかねない問題です。アメリカがやったような対テロ戦を日本がやれば、何が起きるのかは容易に想像できます。そういう面はまったく議論されないままに、アルジェリア事件への対策が練られているのは、まったく不安です。

 この事件では、その後、別に気になる情報も出てきています。

 13日に毎日新聞が、アルジェリアのウルドカブリア内相が11日、訪問先のアラブ首長国連邦で開かれた現地在住のアルジェリア人らとの会合で、「日本側の高位の責任者」から「日本側から人質解放のために必要な資金を提供するとの申し出を受けた」と発言したと報じました。

 これに対して、毎日新聞によれば、13日午後に菅義偉官房長官が記者会見で、「わが国として身代金支払いの申し出を行った事実は全くない」「(内相が)どういう状況でそういう発言をしたかを調べてみたい」と述べ、「日揮」の幹部が打診した可能性についても「あり得ないと思う」と表明しました。15日には、岸田文雄外相が15日午前の記者会見で、「身代金の事実は全くないと承知している」と述べたと、同じく時事通信が報じました。

 岸外相の発言はアルジェリア政府に事実関係を確認したというよりは、外務省内部の認識を示したものでしょう。菅官房長官が内相の真意を知りたいと述べたことに対して、調査した結果とは思えません。結局、この件はうやむやで終わってしまうのでしょうか?。どこかのメディアが内相にインタビューする予定もないのでしょうか?。内相の発言は特に公式の場での発言ではなく、あえて、アルジェリア政府が反論することもないので、日本政府が体裁を取り繕ったのか、内相の発言自体が誤っていたのか。いずれなのかは不明のままです。日本政府が考えそうなことなので、私は真偽を知りたいと思っています。


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