繰り返す東京裁判への誤解

2013.3.13


 毎日新聞によると、安倍晋三首相は12日の衆院予算委員会で、第二次世界大戦の極東国際軍事裁判について、自身の見解を述べました。

 その中で総理は「大戦の総括は日本人自身の手でなく、いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」と述べました。


 安倍総理は、東京裁判を太平洋戦争の総括だと認識しているようですが、これは間違いです。

 東京裁判は太平洋戦争を始めた「日本」という国家ではなく、「戦争犯罪者」という個人を裁いた裁判です。

 戦争の勝者が敗者の戦争犯罪者を追求することは、当時は国際的な通念として認められていました。日本は第1次世界大戦の戦後処理に視察団を派遣したりして、そうした状況を知っていたはずです。敗戦後に涙が出るくらい公平な処理が期待できる環境ではありませんでした。現在の戦争では、多額の賠償金を課したり、捕虜を長期間拘束して苦役につかせるようなことはなくなりましたが、当時は存在したことなのです。

 こういう戦後処理は、当然、完全な公正さを保てないので、その後の国際社会の規律を考える中で修正がなされました。その意味で、東京裁判の誤りは反面教師として役立ったのです。

 東京裁判の本当の問題は、事実認定や法の適用に誤りがあったことで、批判するならば、そこを指摘すべきです。

 日本独自で総括がやりたければ、日本が主権を回復してからでもできたはずです。当時の日本にどこまで政府批判を含む総括ができたのかは、それこそ疑問です。また、主権が奪われている間は、一定程度の自由の制限が加えられるのは当然です。日本自身、植民地化した国や地域の自由を制限し、日本の価値観を押しつけていました。同じ仕事をしても、民間では日本人と現地人では給料も違ったというのが実状です。程度の差はあったかも知れませんが、どの国が正しく、どの国が間違っていたと言うことは、恐らくできないと私は考えます。

 さらに言うなら、先般のアルジェリア人質事件で、安倍総理は現場に突入したアルジェリア軍を引き揚げるよう、アルジェリア大統領に要求するなど、およそ、軍事のイロハを知らない人物です。こういう人の、いわゆる自由主義史観につきあっても、得られるものはありません。

 なお、あとでシリア情勢に関する記事を掲載します。


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