ハーベル准将が言わなかったこと

2012.7.16
修正 2012.6.17 7:30


 朝日新聞が、2010年4月9日にアフガニスタンで墜落したCV-22を調査した米空軍のドナルド・ハーベル准将に関する記事を紹介しました。

 ハーベル准将はエンジン不調が原因だという報告書をまとめたところ、上官から内容を変更するように圧力をかけられたということです。奇しくも、先日紹介した元海兵隊将校カールトン・メイヤー氏の同じ事故に関するレポートは、このハーベル准将の報告書を厳しく批判しています(記事はこちら)。私はこの記事を翻訳して紹介しようと考えており、現在、転載の許可をメイヤー氏に依頼中です。返事が来るかどうかは分かりませんが、今回のその要旨を紹介します。

 ハーベル准将が報告書にあげた潜在的な事故原因は12種類にも及びます。その上で、「私は明らかで、納得できる証拠で、この事故の原因を特定できませんでした」と、どれが原因かを特定することを避けています。さらに、12種類の事故原因の中にエンジン不調は含まれていません。様々な事故原因をあげることで、何が本当の原因かを隠せというのが上官の命令だったとハーベル准将は言いたいのだと、私は推測します。いかにも、ハーベル准将は被害者のように見えます。確かに、彼は報告書を公開した直後に退役し、抗議の意志を示しています。

 しかし、メイヤー氏は事故原因は明らかに別のところにあると主張します。米陸軍第160特殊作戦飛行隊のクレイ・ハートマーカー大佐は有名な航空専門紙で、V-22が高度4,000フィート(約1,219.2m)以上でホバリングできないことを批判しました。この記事はV-22に携わる者は全員が読んだはずなのに、その1週間後に誰かさんがCV-22に5,226フィート(約1,592.9m)の地点に着陸するよう命じたのです。そうして起きたのが2010年4月9日の事故です。CV-22は3機編隊で現場に進入し、まず最も経験を積んだパイロットが着陸を命じました。そして、ティルトローターを垂直に近くした時に急速に墜落しました。4,000フィートでホバリングできないのに、5,226フィートでやろうとして、当然のことが起きたのです。残りの2機は墜落機を支援するために着陸せず、燃料を燃やすために旋回を続けた後で、1マイルも離れた場所にホバリングによる着陸ではなく、静止しない形で着陸を行いました。明らかにパイロットたちは、この高度ではホバリングできないことを知っていたとメイヤー氏は指摘します。なぜ、こういうミスが起きたのかについて、オスプレイの性能データが誇張され、それがフライトマニュアルに載り、操縦シミュレータをプログラムするために使われているからだとメイヤー氏は指摘します。こうした誤りにハーベル准将は報告書で一切触れていません。

 以下は私の見解です。

 なぜ、こういう問題が起きるかについては、ごく簡単に説明することができます。オスプレイは長期にわたる開発計画の中で造られました。垂直に離着陸する航空機は航空界の未来を担うものであり、航空業界の期待から米議会も予算をつけ続けてきました。他にはない機械を造ることは大きな富の原泉となり、それはハイテク界の定めみたいなものです。航空機が採用されて、機体やスペアパーツが大量に発注されないと、航空機製造会社は倒産することすらあります。こうした経済的な圧力が無駄な開発計画を後押しする原動力となることがあるのです。すでにそのレールの上に乗っているオスプレイですが、所定の仕様を満たせないという問題がありました。軍が要求する飛行速度、積載重量、航続距離などの条件をクリアする必要があるわけです。しかし、オスプレイはこの条件に引っかかったという経緯があり、それはメイヤー氏の論説中にも書かれています。しかし、この計画を中止することはすでにできず、結果として条件をクリアしたことにするという無理がまかり通ることがあります。すると、関連する書類のすべてが、条件をクリアしたデータで満たされることになり、フライトマニュアルや操縦シミュレータでも共通するデータが使われることになります。事故を起こしたパイロットはマニュアル通りにやってみたものの、物理の法則には逆らえなかったというわけです。さらに、彼らは新兵器CV-22の性能を証明する任務を帯びていたともメイヤー氏は指摘します。こういう環境が無理を生んだのです。

 当サイトでも米陸軍がM4小銃の動作不良について、好ましくないテスト結果が出ても、それを認めようとしなかったことを何度も紹介してきました。同種の小銃に比べると、M4小銃は動作不良を起こす頻度が高いのに、米陸軍は「それは兵士が戦場で撃つ平均的な弾数を上回っている」として、戦場では動作不良は起きないと結論したのです。その後、アフガンの大敗した戦場でもM4小銃の動作不良が起きていたことが明らかになりました。結局、米陸軍は弾を別製品に取り替えることで対応しました。結果として、M4小銃に一切改良はなされませんでした。

 この問題が日本で何を起こすかについて考えてみましょう。間違ったデータを頭に入れたパイロットはいつ間違った操作をするか分かりません。その結果として引き起こされる墜落などの事故がどのような結果をもたらすかも予測できないということです。メイヤー氏の記事には、データの誇張はホバリング上限だけでなく、多岐にわたることが指摘されています。

 ちなみに、CH-46のホバリング上限は3,350mで、オスプレイを大きく上回っています。これでは米軍はCH-46を手放すことはできないでしょう。森本敏防衛大臣の「CH-46は老朽化した」という主張は成り立たないのです。

 このように、一見、兵器の優秀性を示す情報に見えるものが、個人の権利を守るためにも使えることに注目してください。これらは決して、兵器テクノロジー分野だけのものではないのです。



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