防衛省がテポドン対処報告書を公表

2012.6.16


 防衛省が「北朝鮮による『人工衛星』と称するミサイル発射事案に係る検証及び対応検討チーム報告書」を公表しました。

 報告書は防衛省のホームページで入手できます(ダウンロードはこちら)。

 私に言わせると、この報告書は何の価値もありません。総じて言えば「石頭の戦略」が見られるだけです。自衛隊法第82条の3第3項(弾道ミサイル飛来事案の規定)の運用実績を作りたくて仕方がない防衛省の鼻息しか感じられません。これが定着すれば、ミサイル防衛に対する批判など一層できると期待しているのでしょう。だから、防衛省はむしろテポドン2号が飛んだ方が都合がよいのであって、だからこそ墜落する状況など考えもしなかったのです。破壊措置命令は防衛大臣の命令だったと報告書は書いていますが、実際には防衛省が対処方針を示し、大臣は頷くだけですから、防衛省が主導した弾道ミサイル対処だったことは明白です。

 この自衛隊の体たらくを国内メディアは批判しようとしません。なぜなら、北朝鮮関連ネタは緊迫感を演出しながら報じた方が視聴者の関心を高められるので、自衛隊の発表については、そのまま報じるべきなのです。さらに、素人防衛大臣を批判したい与党の意向と、それに乗った方が視聴者の関心を買えるというメディアの判断もあります。政府内のどこにも愛国者なんかいないので、肝心のテポドン2号の性能検証には気が回らないのです。

 報告書の内容は逐一指摘するほどの価値もありませんから、簡単に書くだけにします。

 まず、報告書は「迎撃」の是非についてはまったく触れていません。当サイトでは、ロケット打ち上げでは初期にトラブルが起きるものであり、日本に大きな被害を生むような事態は起こらないと指摘してきました。1段機体を切り離したあとでトラブルが起きた場合は、機体が日本領域に進入する可能性はあります。しかし、機体が長時間大気にさらされることで、熱と圧力が機体を破壊し、地上の遥か上で機体は分解し、燃焼剤と酸化剤が接触して爆発してしまいます。スペースシャトル「コロンビア号」が空中分解する映像を思い出し、もっと少ない部品が爆発でさらに散開したところを想像すれば、これが迎撃ミサイルの仕事ではないことが分かります。バラバラになった機体に向けて発射しても、命中は期待できません。だから、テポドンの弾道探知を最優先にすべきだったのです。さらに、探知を行うだけでなく、あとで専門家による性能分析を行う必要があります。

 イージス艦の配置については、まったく手ぬるい反省しかしていません。私はイージス艦を3隻配置したのは多すぎだと考えていました。私は黄海と沖縄の北方に合計2隻のイージス艦を配置することを想定していました。

 報告書によると、当時4隻のイージス艦の内、1隻は修理中でした。報告書は4隻のイージス艦の運用は、即応可能2隻、練成段階1隻、修理中1隻としていると書いています。基準よりも1隻多く配置して、1隻もテポドン2号を探知できなかっ対する反省は何もありません。さらに、3隻も使ったら、別辞案が生じた場合の手段、つまり予備戦力がなくなります。悪く見れば、イージス艦の隊員が名誉あるテポドン撃墜に参加したがり、どの艦も外せなかったのだとも勘ぐれます。

 黄海に配備すべきとの指摘については、あくまで配置は妥当だったとしながら、今後はより近い海域に配置すべきというに留めました。しかし、その目的がやはり迎撃であるのは変わりません。

 捜索・探知能力だけを持つイージス艦2隻は、最近就航したことから、どちらも定期修理中で使えなかった点は、自衛隊の発注が運用まで考えていないことを示しています。これも問題です。

 報告書には東京にもPAC-3を配備したことを妥当としています。「国会、首相官邸や官公庁といった政治・行政の中枢機能及び経済の中枢機能が集中している首都圏に配置を行ったことは、不測の事態における我が国の危機管理能力を維持する観点から妥当であったと考えられる。(8ページ)」。

 配置の目的も政府機関を守るためであり、国民を守るためではなかったことが分かります。

 早期警戒衛星については、私は当初JAXAの協力が得られると簡単に考えていましたが、国内研究家が日本のロケット開発が軍事目的でないことに誇りを感じていることを知ると、これを尊重すべきと考えるようになりました。報告書には早期警戒システムを搭載した航空機の導入にも言及しており、これだけは評価できます。テポドン2号の性能解析も自衛隊内に専門官を置く方がより適切でしょうが、当然のように、こうしたことには一切触れられてはいません。

 弾道データの採集の価値について何も触れず、イージス艦の配置について何の反省もしていないということは、政府内にはその認識がまったくないことを示しています。「敵を知り 己を知れば 百戦危うからず」の格言はまったく生かされていません。北朝鮮が同じようなパターンを繰り返してくれる保証はありません。こんな反省をしているようでは、次回は彼らの手玉にとられるのかも知れません。



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