ビン・ラディン殺害映画に米政府が情報提供?

2012.6.15


 military.comによれば、レオン・パネッタ国防長官(Defense Secretary Leon Panetta)がオサマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)急襲を描いた映画に機密情報は提供していないと言いました。

 パネッタ長官は国防総省には映画制作者と活動する部局があると上院に言いましたが、機密の情報は提供していないと言いました。共和党のピーター・キング下院議員(Rep. Peter King)はCIAと国防総省が映画監督キャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow)と脚本家マーク・ボール(Mark Boal)と密接に協力することで国家安全保障を危険にさらしたと言いました。2人は映画「ハート・ロッカー」でアカデミー賞を受賞しました。

 先月、キング下院議員は情報公開法の要請で、保守派・無政党の財団「Judicial Watch」が入手した書類について延べました。彼は映画制作者が「オバマ政権から極めて密接で、前例のない、潜在的に危険な協力を受けた」と言いました。

 「Judicial Watch」が受けたという政府の協力は、ビグローとボールが国防総省とCIAとの会議と連絡の記録です。(関連記事はこちら

 記録によれば、オバマ政権下の国防総省はビグローとボールに新作映画の準備を支援するため、ビン・ラディンを拘束・殺害する任を負った海軍シールズ・チームシックスの作戦立案者、隊員と指揮官に会わせました。

 公開された情報は2012年1月21日に情報公開法で申請された国防総省の記録153ページ、CIAの記録113ページです。これには国防総省内の電子メールの記録と2011年7月14日の会議録が含まれます。

 2011年7月14日の記録は情報担当の国防総省事務次官マイケル・ヴィッカーズ(Michael Vickers)を含む国防総省当局者とビグローとボールの会議録は、映画に関することで少なくとも2回、ボールが直接ホワイトハウス当局者に会ったことを示します。記録によれば「私はあなたの案内でホワイトハウスと話、ブレナンとマクダナーと良好な会議を持ち、彼らと話を続ける予定です。彼らは指揮統制の観点を共有することに前向きで、興味を持っていました。とてもよかったです。ありがとう」とボールは言いました。ヴィッカーズは会議が続いているかと尋ね、ボールは「はい、その通り。続いています」と答えました。ブレナンはオバマ政権の対テロ顧問、ジョン・O・ブレナン(John O. Brennan)、国家安全保障担当副補佐官のデニス・マクダナー(Denis McDonough)とみられます。

 この会議は国防総省が作戦立案者、海軍シールズ・チームシックスの隊員と指揮官の身元(書面中の氏名は黒塗り)を提供していたことも明らかにしました。取り決めを提案するために、ヴィッカーズ副補佐官は「我々が求める唯一の事柄はアドバイザーの氏名をどんな形でも公表しないことです。学校の外で語られるべきではないからです」「少なくとも彼は一段階の免除を受け、彼は言えることと言えないことは分かっていますが、少なくともあなたとやれるだけのことは開示でき、それであなたの用途に合うはずです」と言いました。CIAの内部電子メールはビグローとボールがビン・ラディン急襲の戦術立案のいくつかが行われたCIAの建物「金庫室(the Vault)」へ行くことを認められたことを示します。「私はあなたの名前を、ビン・ラディン急襲の戦術立案のいくつかで使われた[編集済み]建物の中の金庫室の中を歩けると決められた[編集済み]のPOCと伝えられました。広報部と協議し、ビン・ラディン急襲の長い物語の一部として、広報部はODCIAが認可した訪問者数名を今週金曜日の午後に接待します(送信者の氏名は黒塗り)」「もちろん、これは可能です」と当局者は答えました。


 「Judicial Watch」の記事は続きますが、それほど重要なものはないように思われたので省略しました。

 機密情報がもれた危険はないと、私も思います。急襲の一部はすでに報じられていますし、それよりも細かい部分を聞いてもアメリカの安全が脅かされることはありません。

 単なる撮影協力ではなく、取材を関係者に許した点は興味深く感じました。チームシックスは対テロ部隊で、こうした部隊は氏名や顔を公表しないことになっています。しかし、信頼がおける人物には公開する場合があることが分かりました。機密のレベルもこの程度と思われていることが分かりました。もっとも、退役した対テロ部隊員は氏名が明らかになる場合があります。「ブラックホーク・ダウン」の原作では実名が書かれています。しかし、ビン・ラディン殺害はまだ時間が経っておらず、現役のままの人もいそうです。確かに、いくら秘密とはいえ、友人の軍人が特殊部隊に配属され、急に姿を消したら周りは不思議に感じるでしょうから、特殊部隊員の身元は公然の秘密程度のものなのかも知れません。

 今回の政権の対応は、これは通常の映画への協力とは異なっています。普通なら国防総省内にある担当部局が対応し、米軍内だけで話は終わってしまいます。ところが、今回はホワイトハウスが直接協力に動いています。

 こういう特別な協力がなされるのは、アメリカの映画界と民主党が密接に関係しているからでしょう。映画界の多くは民主党の支持者です。しかし「ハート・ロッカー」は、当サイトでも繰り返して解説したように、イラク侵攻を批判する映画です。映画を観た現役兵の中にはこれに気がついて、映画に協力すべきではないと言った者すらいたことも、以前に紹介しました。しかし、オバマ政権はイラク侵攻に反対し、撤退を決定した政権です。アフガン侵攻を終わらせるためにも、ビン・ラディン急襲で対テロ戦に一区切りついたことを示すためには、この作品に協力することは意味があります。ブッシュ政権中にはビン・ラディン急襲は繰り返し失敗しました。彼を拘束しようとしたアナコンダ作戦は惨めな失敗に終わり、彼にそっくりの男を無人攻撃機でミサイル攻撃で殺したら別人だったり、歴史に残る恥ずかしい失敗が繰り返されてきたのです。「ハート・ロッカー」でイラク侵攻を皮肉ったビグローとボールが、これを描かないはずはないと私は考えています。

 当然、これは大統領選挙を狙ったプロパガンダだという批判はあるでしょうし、オバマ政権も選挙に多少の影響があることを期待しているはずです。それでも影響力は一定の範囲内でしょう。ブッシュの対テロ戦を批判したドキュメンタリー映画「華氏911」も大騒ぎされた割には選挙に影響しませんでした。多くの有権者は誰に投票するかをすでに決めており、映画を観て変えた人は少なかったのです。



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