北朝鮮によるGPS妨害は「特別行動」なのか?

2012.5.3


 聯合ニュースによれば、ソウルや仁川など韓国北西部で4日に北朝鮮の妨害電波による全地球測位システム(GPS)の受信障害が一時的に起きたと報じました。

 妨害電波は4日午後、南北の軍事境界線に近い開城(ケソン)や海州(ヘジュ)などの北朝鮮軍部隊から、5分〜10分間隔で出ていたということです。韓国側ではGPSを利用した携帯電話の時計が合わなくなったり、通話時の音質が低下したりしましたが、大きな被害はありませんでした。

 サーチナによれば、北朝鮮が韓国に対して警告を激化させています。26日にはメディアを通じて「これまでにない手段を用いる」、「(2010年11月に発生した)延坪島(ヨンピョンド)砲撃のレベルではない」などと表明しました。北朝鮮の労働新聞は23日付で、同国外務省が22日、「朝鮮半島でいかなる事態が発生しても、責任は完全に李明博の逆賊にある」、「いかなる国家も、同盟関係やパートナーと称して人倫道徳を踏みにじる世の中のごみを保護し、われわれ民族の内部問題に干渉するならば、朝鮮軍民の怒りの刃を免れないだろう」などと宣言したと報じました。

 聯合ニュースの別の記事によれば、韓国の仁川市甕津郡は北朝鮮の延坪島砲撃に関する白書を年内に発刊する計画を明らかにしました。

 聯合ニュースの別の記事によれば、米政府系放送局のラジオ自由アジア(RFA)は2日に、延坪島砲撃時に韓国軍の対応射撃で、北朝鮮側の軍人40人余りが死傷し、朝鮮人民軍が韓国軍に対抗することを避けていると報じました。同消息筋は、延坪島砲撃当時、朝鮮人民軍の軍人10数人が死亡し、30数人が負傷したという知らせを同軍の大隊長から聞いたと述べた。この大隊長は死傷した軍人を乗せた軍用車両が朝鮮人民軍総参謀部管轄下の病院に向かうのを目撃しました。RFAによると、同消息筋は延坪島を砲撃したとされる朝鮮人民軍第4軍団の軍官らと親しく、最近中国で取材に応じました。同消息筋は「朝鮮人民軍も韓国軍の先端兵器を恐れている。軍首脳部は戦争を起こすと豪語しているが、肝心の兵士らの士気は低く、話にならない。延坪島砲撃後、軍は韓国軍と戦うのを拒んでいる」と話しました。過去とは異なり、第4軍団司令部からは「何があっても敵の挑発にひっかかってはならない」「指示を受けずに射撃するな」などの指示が頻繁に下され、軍官や兵士らは混乱していると伝えました。


 GPS電波と同じ周波数の電波を発すれば、すべてのGPS装置はGPS衛星から出される電波を受信できず、位置測定や時刻合わせに支障が出ます。しかし、時刻合わせが妨害電波が流れる時間帯に行われなければ、何の問題もありません。位置測定も電波を受信できないという表示が出るだけで、誤った位置情報が表示されない仕組みです。また、最近は自動車のGPS装置にすら慣性センサーが入っていて、位置測定を補助しています。航空機にもなると、もっと立派な慣性センサーがついていて、出発地点からどれだけ移動したかを正確に測定してくれます。北朝鮮は5分〜10分間隔で妨害電波を出しましたが、これだとすぐにGPS装置が受信を再開して、すぐに正しい位置を測定したでしょう。だから、何の意味もない工作だったと言えます。

 これが「これまでにない方法で報復する」と宣言した特別行動なのでしょうか?。だとすれば、予想外に小規模だったことになります。

 北朝鮮が「延坪島砲撃のレベルではない」と脅しても、韓国軍は北朝鮮以上の戦果をあげていたようです。当サイトは事件当時、双方の砲撃の実態をGoogle Earthの衛星写真を使ってできる限り把握しようとしましたが、北朝鮮の砲撃はあまり正確ではないという結論でした。韓国軍の弾着は一定の範囲に分散して収まっており、この範囲内に砲兵部隊がまだいたとすれば、被害が出てもおかしくないと思われました。当時、韓国議会では畑を砲撃しただけだという批判の声があがりましたが、榴弾砲は目標を直接狙う兵器ではありません。当時からも、北朝鮮軍に被害が出たという情報はありましたが、今回、別の筋からの情報で戦果が確かめられたことになります(当時の記事はこちら)。

 北朝鮮軍は周到な準備の上での砲撃だったのに対して、韓国軍は緊急対応の砲撃でした。最小限の準備時間で韓国軍が成果をあげたことは、両軍の実力の格差を如実に示しています。そして、それはそれほど不思議なことではありません。韓国軍の対砲兵レーダーが優秀で、訓練が充実していたということです。特に砲兵システムのコンピュータ化は対応の素早さと正確性に大きく関係しています。かつては砲兵は手作業で砲撃する方位と砲身の仰角、砲弾と装薬の種類を算出していましたが、いまやコンピュータが瞬時に答えを出すのです。北朝鮮軍は韓国軍対応の素早さと正確さに驚いたことでしょう。

 兵器のハイテク化は兵器の価格の高額化という傾向を生んでいます。北朝鮮のように資金難にあえぐ軍隊は、こうしたハイテク兵器の恩恵は受けられません。北朝鮮の戦略の問題点は、軍事的な優位を求めるあまりに、逆に弱点を生んでいるところにあります。核兵器で優位を占めようとするために、核兵器と弾道ミサイルの開発を進めても、それは多額の資金を浪費し、逆に基本的な通常兵器の購入を締め付けます。むしろ、小銃などの基本的兵器を充実させ、砲兵のコンピュータ化など、必要な部分でだけハイテク兵器を導入するようにすれば、より安い費用で、本土防衛を実現することができます。イラクやアフガニスタンを見れば分かるように、ローテク兵器はハイテク兵器に常に負けるわけではなく、戦場によっては優位を保てるのです。しかし、北朝鮮の国是は、武力で韓国の傀儡政権を排除して、革命を完結させることです。攻撃力を捨てて防衛力ばかり充実させると、それは革命の停滞を意味するわけです。ここに北朝鮮の戦略の矛盾があると、私は考えます。このやり方では金が尽きたら、すべてが崩壊する危険があります。これは韓国や日本が大いに活用すべき北朝鮮の弱点なのです。



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