大前氏の弾道ミサイル対策批判の間違い

2012.5.19


 18日付けの「NEWS ポストセブン」に掲載された、テポドン2号対処に関する大前研一氏の論説「北朝鮮 米韓怖いから日本だけミサイル攻撃すると大前研一氏」「田中防衛相 北朝鮮の発射後に携帯つながらない地下3階に移動」には大きな誤りがあります。

 北朝鮮がミサイル攻撃するのは日本だけという大前氏の主張は単純な消去法に過ぎません。気になる部分を太字で引用します。

 北朝鮮の立場から見れば、韓国やアメリカを攻撃するのは、やはり怖い。800発くらい保有しているといわれている短距離ミサイルをソウルに撃ち込んだら、韓国も先日発表した巡航ミサイルなどを使って即座に反撃に出て全面戦争になる。

 アメリカに対しては届くミサイルが完成していないし、もし攻撃できたとしてもアッという間に何百倍もの反撃を受けて崩壊させられる。中国とロシアは、まだ友好国だとみなしている。

 となると、残るのは日本だけである。北朝鮮は中距離ミサイルも300発ほど持っているといわれているが、その射程で狙える国というのも日本しかない。ところが、それに対して日本は何も備えていないのだ。

 誤っている選択肢を外していけば真実だけが残るというのは思考方法の一つですが、この論説には日本とアメリカが軍事同盟を結んでいるという認識が欠けています。

 日本が攻撃を受けた場合、アメリカは自動的に日本を防衛するために活動を始めることになっています。それが日米安保条約です。米軍は韓国にも駐留しており、在日米軍が戦闘状態になることで、在韓米軍も同じ態勢に入ります。この状態を見て、韓国軍が「自分に関係ない」と平時の態勢のままでいられるかと言えば、米軍と同じく韓国軍も臨戦態勢に入ると考えるのが軍事の常識です。

 北朝鮮の弾道ミサイルで日本に届きそうなのは射程750〜800kmのスカッドERと射程1,300kmのノドンAです(参考資料はこちら)。日本本土に最も近い場所から北朝鮮までの距離は約500kmですが、この最短コースは確実に韓国の領域を通過します。この距離の射程を持つ短距離ミサイルも北朝鮮は持っていますが、こんなところに弾道ミサイルを飛ばしたら韓国軍を戦いに巻き込むことになります。中国、九州、四国、沖縄の各地に北朝鮮本土から短距離ミサイルを打ち込もうとすれば、韓国からは自国に対する攻撃に見えるのです。韓国を巻き込まないためには、北朝鮮北東部から射程1,300kmのノドンAで日本海越しに狙うしかありません。これなら韓国領域を避けながら日本のほぼ全土を射程に収められます。

 ノドンAは保有数が約200発とされています。この200発が全部発射できるとは考えられません。ミサイルは発射に失敗することもあるからです。発射の成功率は70〜90%などといわれており、200発なら140〜180発ということになります。これだけのミサイルを日本に打ち込むと、かなりの被害が出るでしょうが、焦土化には至りません。それで北朝鮮は日本に対する戦闘力を失います。これ以外、北朝鮮には日本に脅威を及ぼせそうな武器はないのです。一方で、国連は緊急安保理事会を開催し、北朝鮮による武力攻撃事態が発生したと認定し、国連軍の派遣を検討することになります。こんな戦いを狡猾な彼らがやるはずはありません。ノドンAは、日本が北朝鮮を攻撃した場合に報復攻撃を行うための武器と考えた方がよいわけです。

 さらに大前氏の弾道ミサイル対策に関する認識が基本的な部分で間違っています。

 自衛隊法第76条は「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。

 この場合においては、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律第9条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない」と定めている。

 つまり、首相が自衛隊に防衛出動を命じて反撃する場合も、前述の武力攻撃事態対処法に基づいて「国会の承認」を得なければならないのだ。この原則自体は正しいと思うが、北朝鮮が問答無用でミサイル300発を撃ち込んでくるという時にのんびり国会を開いていたら、国会議事堂が消滅してしまうだろう。

 弾道ミサイルに対して通常の手続きでは対処できないので、自衛隊法は改正され、具体的な兆候がある場合は首相の事前承認、具体的ではないが兆候がある場合は防衛大臣の指示で迎撃を命じることができることになりました(防衛省作成のpdfファイルはこちら・19ページ参照)。だから、「北朝鮮が問答無用でミサイル300発を撃ち込んでくるという時にのんびり国会を開いていたら、国会議事堂が消滅してしまうだろう」という結論も誤りです。

 それから、テポドン2号打ち上げの事実を日本政府が発表するのが遅れたことに関して、大前氏は次のように書いています。

 その原因は、緊急時なのに複数の情報を確認しようとしたり、田中防衛相が発射情報を首相官邸に伝えようと電話をかけても藤村官房長官が官邸内を移動していて連絡がつかなかったり、防衛省でも田中防衛相ら政務三役が発射直後に執務室のある11階から携帯電話のつながらない地下3階の中央指揮所に移動したりしていたことだというのだから、呆れて開いた口がふさがらない。

 政務三役が中央指揮所にいたのなら内線電話で連絡が取れるはずで、携帯電話は必要がありません。また、ここは米軍とも連絡が取れるシステムが置かれています。そもそも政務三役が中央指揮所にいたのは弾道ミサイル対策のためであり、適切な行動だったのではないのかという疑問も湧きます。

 また、大前氏は「発射情報が入ってから電話で連絡を取り合って悠長に対応を協議しているようでは、間に合うはずがないのである」と書いていますが、大臣は事前に破壊措置命令を出しているわけですから、電話では事後報告を受けるだけです。打ち上げ探知後に対策を協議をするわけではありません。

 この論説に限っては大前氏の主張は客観性に欠け、国民を無用の不安に陥れる恐れを含んでいます。とかく週刊誌は「日本は孤立している。攻撃されても世界は助けてくれない」という極端な主張が大好きです。しかし、これは現在の世界情勢を正確に反映しない、自虐的な見解に過ぎません。大前氏は客観的な評論をする人だと思っていますが、この記事のように読者を大きく誤らせるような評論は望ましいものではありません。



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