16人虐殺米兵の身柄が公表へ

2012.3.18


 military.comによれば、米陸軍は16人のアフガニスタン人を殺害した容疑者をロバート・ベイルズ2等軍曹(Staff Sgt. Robert Bales)と特定しました。

 ベイルズは、フォート・ルイス基地(Fort Lewis)の第2歩兵師団第3ストライカー旅団第3歩兵連隊第2大隊に所属する38歳の狙撃兵です。夫であり2児の父親のベイルズは、カンザス州のフォート・レヴェンワース基地(Fort Leavenworth)で拘束されています。

 フォート・ルイス基地の「Northwest Guardian newspaper」の連載記事「ザルクァの戦い(the Battle of Zarqa)」によれば、イラク派遣中、ベイルズ2等軍曹は第3歩兵連隊第2大隊C中隊第1小隊第1分隊のチームリーダーでした。ナジャフ(Najaf)の戦いとして知られる戦いで、第2大隊の2個中隊は陸軍特殊部隊の分遣隊2個、イラクの第8軍と共に、撃墜されたアパッチヘリコプターを回収するために同盟軍が進出した時、堅固に守られたナジャフの建物で戦いました。陸軍の事後解説によれば、約600人の「Jund as-Sama'(天国の兵士)」がロケットを撃ち、ユーフラテス川に近いナジャフの陸軍機動部隊に何度も攻撃を行いました。敵は3方向を深い塹壕、高い土手、対戦車陣地で、4番目の側面を河で守られた建物に身を隠していました。

 戦いは第2次世界大戦の行動を思い出させるようで、イラクの戦闘としてはユニークだたっと、ベイルズは基地の新聞に語りました。「これがイカした部分は第2次世界大戦のスタイルだったことです。穴を掘るんです」「男たちは戦地で地面に戦う陣地を掘りました。シャベルを使い、出来るだけ早くに穴を掘るんです」。戦闘が終わった時、ベイルズは敵を殺すことから負傷兵を回収して、彼らを治療する兵士の中にいました。「我々が町を掃討し始めると、我々は実際に人々を連れ戻しはじめました」「我々は中に入って、担架に乗せられない死人が大勢いたので、助けられる人を何人かを見つけて、彼らを犠牲者の収集地点へ運びました」。

 アフガンではベイルズは村落安定作戦を行う特殊部隊に配属されました。歩兵の基礎訓練に加えて、彼は狙撃兵の軍職特定コード(military occupation code: MOS)を獲得しました。ジョン・ヘンリー・ブラウン弁護士(John Henry Browne)は、陸軍は当初、ベイルズに派遣しないと言っていましたが、どたんばで命令を翻し、僅かな準備で彼を戦争へ派遣したと言いました。


 氏名が分かった途端に、過去の戦闘記録からベイルズの名前が見つかったようです。少なくともナジャフの戦いの頃は、彼はまともだったようです。発言は現実的で、異常性は感じられません。

 この記事だけでは事件の詳細は分かりませんが、とにかくも、犯人が誰かと、彼について少しだけ分かったという段階です。これだけの兵士が16人虐殺を成し遂げるとは、考えにくいことではあります。


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