JAXA法改正の問題点は?

2012.3.13


 JAXA法改定に反対する運動の関係者からオンライン署名への協力を求められました。JAXA法改定については報道を通して知っていました。協力する価値があると思われたので、ここにリンクを掲載します(リンクはこちら)。主旨に賛同される方は署名をお願いします。

 この法改正は、これまでの宇宙開発を宇宙局(仮称)を設置して省庁の縦割りを一本化するというものです。その中で気になるのはJAXA法にある宇宙開発を平和目的に限定するという条項を廃止するという点であり、軍事目的の宇宙開発も可能になるという部分です。

 これまで、日本のロケット技術者たちは、日本のロケット開発には機密がない、平和目的だからすべてをオープンにできると主張してきました。この法改正が通ると、軍事技術の開発に従事させられたり、機密を秘匿する義務を課せられたりする恐れがあると、彼らは心配しているわけです。ロケット技術者としては当然の懸念です。なぜなら、もともとロケット開発はドイツのフォン・ブラウンの弾道ミサイル開発からはじまったという歴史的経緯があります。ブラウンは単に宇宙開発のために軍に協力したという立場でしたが、彼が開発したロケットはイギリスなどを攻撃し、多くの犠牲を出しました。さらに、戦後アメリカに渡ったブラウンとソ連(当時)の技術者は冷戦期に競い合って宇宙開発を行い、いわば科学分野で代理戦争を展開する図柄を示したのです。その点、最初から平和目的のためとして始まった日本の宇宙開発は、米ロとはまったくあり方が違っていました。それが今、大きく変わろうとしているのです。

 しかし、当サイトとしては、この点についてロケット科学の面だけでなく、軍事的な視点から考察を加える必要があると思ったので、以下に要点を記します。

 問題は基本的な部分に存在します。

 日本は2003年から情報収集衛星の打ち上げを開始しました。光学式、合成開口レーダー式の衛星をそれぞれ2基、合計4基を用い、1日に1回世界のどこでも撮影できるようにすることを目標にしています。

 偵察衛星は北極と南極の間を移動する極軌道衛星で、静止衛星と違って世界中のどこでも撮影できる仕組みです。静止衛星なら、日本上空高度約35,786kmに置いて、気象衛星のように日本周辺だけを観察させることができますが、極軌道衛星には世界中を偵察できるという過剰な性能があります。しかし、地表の様子を知るためには低高度に置けて、各地の上空を飛べる極軌道衛星の方が都合がよいのです。いずれにしても、日本だけを観察し、他国を偵察しないような衛星は作れません。よって、周辺国を含めた外国が日本の衛星を脅威に感じ、宇宙で軍拡競争が起こる可能性を考えざるを得ません。他国も軍事衛星を打ち上げたり、衛星を攻撃する兵器を開発しようと考えかねないのです。

 いわば軍事衛星である情報収集衛星を日本が持つことには、法的な問題がありました。平和目的と限定したロケット技術を転用することが許されるかという問題です。これには大規模災害時の対策に使えるとか、防衛だけに用いるという名目を立てて、多目的衛星とすることで問題を回避しました。憲法が防衛のために用いる自衛隊を認めているなら、情報収集衛星も同じ理屈が当てはまるというわけです。しかし、先に述べたように、軍事衛星は他国に脅威を与えます。現行法の下で情報収集衛星を運用すること自体に問題があると、私は考えます。また、情報の開示が必要になる大規模災害の観測を、防衛上の理由で開示できない衛星に行わせることも、迅速な災害情報の伝達という点で問題があります。

 情報収集衛星を開発した動機にも、大きな問題が潜んでいます。これはいわば「尻に火がついた」状態で始まったのです。1998年に北朝鮮がテポドン1号を打ち上げた際、日本には打ち上げを探知する手段がなく、アメリカからの情報に依存したことが政府内で問題視され、「自前の衛星を持て」という声があがったのです。

 このように脅威が目の前にある場合の対処はうまく行かない場合がほとんどです。同時多発テロに対するアメリカの対処はイラク侵攻という間違った反応を導きました。

 テポドン1号は失敗したロケットであり、その後に打ち上げられたテポドン2号も同様でした。2度目の打ち上げは成功しましたが、単に打ち上げただけの話で、実用性能があるかどうかは分かっていません。当サイトで指摘したように、射程が長すぎるテポドン2号は日本を攻撃できないので脅威にはなりません。脅威を及ぼし得るノドンは移動式発射台から、1時間程度の準備で打ち上げられるので、情報収集衛星を持っていても対処できません。要するに、2003年のイラク侵攻に理由がなかったのと似て、北朝鮮のミサイルを理由に情報収集衛星を持つことには軍事的な根拠がないのです。

 それでも、近隣諸国で軍隊に動きがあった場合に察知できるから、情報収集衛星は有効だという意見があるはずです。これは近隣諸国からすれば、日本が隣国を攻撃する際に、敵軍の動きを探るために使えるという主張になって跳ね返ってきます。まさしく、日本が情報収集衛星を持つ理由として最も合理的なのは、近隣諸国の軍の動きを探ることなのです。 衛星にどんな情報を収集させ、どう活用するかは、衛星を運用する側が決めることであり、衛星自体には無関係です。そこをどうするのかという方針を政府は何も示していません。

 軍事問題では、同じようなことをする場合でも、明確な哲学を示すことが成功につながるものです。1991年の湾岸戦争と2003年のイラク侵攻の違いが分からないことが致命的な失敗だったことが、それを示しています。

 今回の法改正は、元々間違った判断で始まった政策をより合法化しようとする動きです。情報収集衛星は他国に脅威を与え、軍拡を推し進める危険を認めながら使用する必要があるのに、宇宙開発戦略専門調査会が今年1月13日に出した文書はそれにまったく触れていません(文書はこちら)。冒頭から「民生・安全保障両分野における宇宙空間の利用の重要性が今後さらに高くなっていくことは確実」と謳っていることが、それを示しています。これは、関係事項を整理することなく先へ進むことで、将来、情報収集衛星が混乱を引き起こすことを示していると言えるのです。

 参考までに首相官邸のホームページにある「宇宙開発戦略本部」のアドレスを示しておきます(リンクはこちら)。



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