イラク派遣中の傷病は健康保険の適用外?

2012.2.21


 military.comによれば、退役軍人に給付金を与えなかった保健会社が、その退役軍人によって訴えられました。

 ジェリコ・マッコイ(Jerico McCoy・29歳)はイラクは彼が戦地派遣された2008年に主権国家だったと言いました。彼は下の勤務先の保険から心的外傷後ストレス障害(PTSD)の給付金を拒否されました。その保険は戦争状態によって引き起こされた病気には健康保険の例外としていました。

 マッコイは彼の給付金を拒否するために除外を利用したとして「エトナ保険(Aetna Inc.)」を訴え、医療休暇のために彼の雇用者、「バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)」が保証した未払いの給与、週あたり1,056ドルを支払うよう求めています。

 マッコイは2003年と2008年にイラクに派遣されました。2度目の派遣中にイラク西部から南部まで移動する心理作戦チームに参加しました。派遣中に、マッコイは2005年にバージニア州でバンク・オブ・アメリカの仕事を得て、オレゴンの支店に移りました。2度目のイラク派遣の後、彼は2011年4月に辞職を余儀なくされたPTSDにかかりました。バンク・オブ・アメリカの保険プログラムを管理するエトナ社は、傷害給付金は戦争行為の結果、特に暴動、反乱、反逆、内乱による傷害には支払われないという給付金の範囲についての条項をあげました。

 マッコイの訴訟は彼が派遣された2008年10月までにイラク戦は終了していたと主張します。この時、イラクはアメリカと同盟する独立国家でした。韓国やドイツのような同盟国に拠点を置く兵士の病気は戦争行為の結果とはみなされないと彼は主張しました。

 新聞「The Oregonian」によれば、エトナ社はマッコイの傷害の程度が疑問で、彼は主張を裏づける医学的証拠を提出するのに失敗したと言いました。AP通信の問い合わせに対して、エトナ社は回答していません。

 マッコイは2009年にアメリカに帰国した後、彼は集中力をなくし、フェニックス大学で学業を完了することができなかったと主張しました。彼は201年8月に退学しました。彼は2011年1月に仕事に復帰しましたが、症状は後に彼に辞職を余儀なくさせました。

 マッコイは月曜日にポートランドの地裁で訴訟を起こしましたが、公判の日取りは決まっていません。


 マッコイの経歴に矛盾があるように思われるかも知れません。「The Oregonian」の記事によると、彼には最初の派遣の後で「ストップロス制度」が適用されています。これは軍の契約期間が終了した後も契約を継続する制度で、対テロ戦の人員確保のためにブッシュ政権が行った政策です。この政策は現在は廃止されています。彼は2006年に現役から予備役に切り替えましたが、2008年にまた派遣されたという訳です。バンク・オブ・アメリカの職を得た後でストップロス制度で戦地派遣され、そこでPTSDになったということです。

 興味深い問題です。バンク・オブ・アメリカの仕事は再派遣の後も継続していたのだから、マッコイには給付金を受ける権利があるように思われます。しかし、マッコイは軍人の医療サービスが無料で受けられるので、本人にやる気がある限り、必要な治療は受けられます。バンク・オブ・アメリカは医療休暇分の給与を支払うプログラムを持っていますが、実質的に、この期間に彼は銀行の仕事はやっていません。エトナ社はそれを支払い拒否の理由にはしていないので、これは理由にはあたらないのかも知れません。

 エトナ社は2008年にイラクが戦争状態にあったと主張しています。軍事専門家たちが主張するところでは、イラク戦は「戦争」ではなく「戦争以外の軍事行動」だと定義します。しかし、保険契約上は、この定義は必要ないと考えられます。厳密には国家による宣戦通告がなければ戦争が成立しませんが、現在はそのような戦いはまず起こらないからです。また、エトナ社は、暴動、反乱、反逆、内乱のような「戦争以外の軍事行動」を戦争行為と呼んでいます。

 2008年が戦争状態かどうかを戦闘の程度で考えてみます。この年に米軍は307人が戦死し、他に未確認の10人が戦死したとされます。負傷者は1,476人。それでも、7月以降は戦死者が減り、負傷者は皆無になりました。1月には米国務省の職員がイラク着任を嫌がるというニュースもありました。これは少なくとも暴動、反乱、反逆、内乱が存在したと言える状況です。

 やっかいなことに、米軍がイラクで相手にしたのは単純に反イラク政府勢力と見ることはできません。米軍と戦いたくてイラクにやって来た外国人とイラクの武装勢力の混合体であり、どのグループがどういう目的で戦っているかすら判然としない状態でした。内乱なのかアメリカに対する軍事活動なのかがはっきりとしないのです。

 政治的には2006年5月には新政権が選挙の結果生まれており、前年に作られた移行政権はなくなりました。これをもって戦争状態は終わっているということはできるかも知れません。ただ、主張としては弱いように感じられます。独立国家であっても、その中で内乱が起きた場合、保険の適用外になる場合があるからです。私はマッコイの主張は通らないのではないかと思われます。

 マッコイの主張が認められるとしても問題が残ります。イラクが戦争状態にあった期間に同種の問題が起きた人は保険の適用外なのかということになるからです。

 この裁判はアメリカの法律専門家でも意見が分かれる部分がありそうです。特にエトナ社が主張するように、マッコイの症状の程度も問題になってくるかも知れません。記事は彼の病状を詳しく書いていません。

 ストップロス政策は軍人の身分をより複雑にして、こういう問題を生んだと言えます。軍の人事制度の新しい問題であり、記憶に留めておくべきです。

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