陸軍の元通訳がラムズフェルドを提訴

2011.8.5
修正 同日 16:55


 military.comによれば、裁判官はイラクで米軍に不当に収監され、拷問されたと言う陸軍退役軍人が、当時の国防長官、ドナルド・H・ラムズフェルド(Donald H. Rumsfeld)を訴えることを認めました。

 退役軍人の身元は法廷書類で伏せられていますが、彼は重要な抑留者を収監するのが専門で、バグダッド空港に近いキャン・クロッパー基地(Camp Cropper)で9ヶ月間収監される前、アンバル州(Anbar province)でアメリカの請負会社で海兵隊の通訳として働きました。

 政府は、彼が敵に機密情報を与えるのを援助し、反同盟軍がイラクに入るのを助ける疑いがあったと言います。しかし、彼は罪に問われることはなく、法律を破っていないと言いました。

 50代の男性の弁護士は、米軍に誘拐されて不法に拘束された時、彼は年次休暇でアメリカに帰国する準備をしていて、彼の家族は彼がどこにいて、まだ生きているかどうかも知りませんでした。

 法廷書面は、彼は繰り返し虐待され、2006年8月に何の説明もなく突然釈放されました。2年後、彼はラムズフェルドが時として拷問による尋問テクニックを個人的に承認し、憲法上の裁判を受ける権利に反して彼の拘留を操作したとして、ワシントンの連邦地裁に提訴しました。

 原告の弁護士、マイク・カノヴィッツ(Mike Kanovitz)は、イラクで情報を集める間に、主要な族長と作った重要な接触について誰にも話さないように、軍は彼を刑務所に閉じ込めておきたかったようだと言います。「米政府は世界にそれを知らせる準備ができていなかったので、簡単に言えば、彼を凍りづけにしたのです」「国民に対するチェックできない権力を手に入れたら、使わない理由はありません」。

 オバマ政権は司法省を通じて、元国防長官は公務において個人的には訴えられないと主張し、ラムズフェルドの公式代理人を務めました。司法省は、議会と大統領の憲法上の権利である戦時の決定を裁判官は見直すことはできないとも主張しました。さらに司法省は、この事件は機密情報を漏らし、戦争の努力を分散させかねず、その不利益の脅威が将来の軍事的決定を妨げると言いました。

 しかし、連邦地裁のジェームズ・グイン裁判官(U.S. District Judge James Gwin)は、これらの論拠を拒絶し、米国民は戦時中の本土や海外で憲法によって守られると言いました。「裁判所は、イラクにいる米国民が海外の紛争地域において、長期間の拘留の間に、すでに宣言された実質的な適法手続きである保護を失う納得できる理由を見出しません」と、グイン裁判官は火曜日に出された裁定の中で書きました。「キャンプ・クロッパー基地に拘留された抑留者の危険は高かったかも知れませんが、国内の尋問テクニックと監禁の状態に関する憲法上の制限の一つの目的は、危険が高い時であっても、政府の目的と個人の権利のバランスを取ることにあります」。

 外国人拘留者が起こした多くの別の事件では、裁判官は囚人の処置に関してなされた決定の中で個人的に関与したことで、米当局者に対してなされた拷問の主張を却下しました。しかし、今回で連邦判事が米国民にラムズフェルド個人を訴えることを認めたのは2回目です。

 イリノイ州の連邦地裁ウェイン・R・アンダーソン裁判官は昨年、請負業者としてイラクで働き、キャンプ・クロッパー基地に拘留された2人の別のアメリカ人、ドナルド・ヴァンス(Donald Vance)とネーサン・アーテル(Nathan Ertel)は、ラムズフェルドが承認した手法で拷問されたという主張を追求できると言いました。最高裁判所は、高官が憲法上の権利を直接侵害していることに結びつけられ、彼らの行動が一線を越えたという明確な理解が必要だとして、高官を訴えることに敷居を高くしています。

 グイン裁判官の前の事件は、防衛請負業者で働くために2004年12月にイラクに行った男性が関係します。彼は海兵隊員がアンバル州で情報収集をするためにアラビア語の通訳として配属されました。彼は、自分が重要なアメリカの同盟者で、爆弾で殺害される前にアルカイダに対抗するスンニ派の反乱を導いた、アブドル・サータ・アブ・リシャ(Abdul-Sattar Abu Risha)との直接対話を導いた最初のアメリカ人だと言います。

 2005円11月、彼が規制休暇することになっていた時、海軍犯罪調査部の捜査員が彼の仕事について尋問をし、彼の要請は彼の雇用主、海兵隊員、あるいは弁護士が拒絶しました。司法省は、彼が機密情報を敵に提供するのを助け、反同盟軍がシリアからイラク国境を越えるのを助けた疑いがあると言われたと言います。

 彼は守秘義務に関する懸念から尋問を拒否し、捜査員は彼に手錠をかけ、目隠しをして、背中を蹴り、逃げようとしたら撃つと脅しました。彼はそれから、キャンプ・クロッパー基地に空輸される前の3日間、場所の分からないところに移されました。

 キャンプ・クロッパー基地での最初の3ヶ月間、彼はトイレ用として地面に穴がある独房で外部との連絡を絶たれたままにされたと彼は言います。彼は、彼が軍隊で働いたことを聞かされているアメリカに敵対するテロ容疑者がいる監房へ移され、同房者によって身体的な攻撃をうけるようになり、彼を恒常的に命の危険があるままにしました。

 彼は艦首が繰り返し首を絞め、極度の冷気と連続的に人口光にさらし、目隠しをしてフードを被せ、眠ろうとするとドアをバンバン叩いたり、窓をピシャリと閉じたりして起こし、耐えられない音量で音楽を監房に流して拷問したと主張します。彼は、常にどんな不正も拒絶し、正直に質問に答えましたが、尋問官は彼を脅し続けました。2005年12月に拘留者の地位に関する委員会は、彼がイラク多国籍軍への脅威で拘留の継続を承認しましたが、彼は彼に関する証拠のほとんどを見ることが許されなかったと言います。政府が裁判所に提出した書類は、詳細を提供することなく、彼は犯罪容疑があるとだけ言っています。


 ブッシュ政権期には、ナチスドイツ時代さながらの逮捕劇が繰り返されたのですが、このことはよく理解されていません。そんなアメリカを支援したことも、日本国民はよく理解していません。イラク侵攻に賛成したことを反省する人に、私はほとんど出会ったことがありません。小泉政権への驚異的な支持率を見れば、かなりの人がイラク侵攻を支持したことは明白ですが、反省の言を述べた人を見かけないのはなぜなのでしょうか?。人々は誰もが簡単に残虐行為に手を貸すことを忘れているのです。

 アメリカ人は自分たちを平和的な人たちだと思っています。米国内での軍事紛争は過去のもので、いまや争いのない国を建設しています。この一種の平和ボケが国内が攻撃されたことで暴発したのが、対テロ戦争の実態でした。日頃は非人道的と批判する拷問を尋問テクニックとして用い、通常なら許されない逮捕を繰り返し、無関係な人たちまで拘束し、拷問したのです。

 敵だけでなく、身内の裏切り者を許したくないというのも、自然な人間の心理です。よって、通訳のように、敵と通じているように見える者は特に疑われます。こういう愚かしい誤りは、多くの戦争で実例を見ることができます。男性に対する容疑は、拷問を受けた他のテロ容疑者が苦し紛れに言ったことが根拠となっていると想像されます。

 考えてみれば、どの国も自国は平和で、危険なのは外国だと思いたがるものです。よって、軍隊を備え、戦争に備えよという意見が正当化されるのです。ところが、多くの場合、私たちが危険だとみなす外国は、私たちこそ危険の材料だと考えているのです。要するに、互いに互いを信じていないのが世界の現状です。この偏見が地上から消えない限り、戦争はなくならないでしょう。軍事を考える上で、こういう矛盾する心理的なギャップは常に意識しておくべきです。つまり、眼をいくつも用意しておくのが大事なのであり、純血無比の愛国者がこういう誤りをやるものなのです。



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