震災で自衛隊の燃料涸渇は本当か?

2011.6.16


 週刊文春6月16日号に「スクープ 民主政権よ、この過ちの責任をとれ! 菅総理 政治主導の隠された大罪 最高指揮官の命令で人命救助に向かう自衛隊の車両やヘリが…」というタイトルの記事が載っていますが、劇的効果を狙った筆法で逆に理解しにくいことと、どこかに事実誤認や歪曲があるように思われます。

 記事を簡単に要約します。

  • 震災の翌日、3月12日に陸海空自衛隊の「需品課」が震災の翌日に自衛隊の燃料備蓄が危機的状況にあると報告しました。
  • 「軽油」「航空燃料」「ドラム缶」「タンクローリー」が不足しており、特に「航空燃料」はあと1日しか持たない状態になりました。

  • 陸上自衛隊霞目航空基地、航空自衛隊の浜松基地など、タンクそのものが被災した基地もありましたが、燃料不足の原因は、自衛隊に燃料を「直納」する「燃料元売り企業」が経済産業省からの業務指導で、燃料の供給が統制されたためでした。
  • 防衛庁幹部が燃料元売り企業に問い合わせたところ、自衛隊への燃料供給が注視されたこと、その理由は被災地へ集中配給するためだったこと、指示をしたのは経済産業省ではなく官邸だということが明らかになり、さらに官邸が燃料供給は経済産業省で一括してさばこうとしていたことが分かりました。
  • 各自衛隊は様々なチャンネルを使って交渉し、交渉のテクニックは多種多様に及びました。
  • 最終的に、北沢俊美防衛大臣の英断で燃料供給が復活しました。

 官邸の素人判断が自衛隊の燃料を涸渇させるところだったという主旨の記事ですが、理屈が通っていないと思うのです。

 2ヶ所の基地の燃料タンクが被災しただけで、全自衛隊の燃料が涸渇するとは思えません。記事は東北方面隊の燃料のことを指しているのではないかと想像されます。

 本当に東北地方の震災だけで全自衛隊の燃料が涸渇したのなら、自衛隊は燃料の備蓄量が少なすぎて、燃料元売り企業から新しく燃料を買いつけるまでは、切迫した直接侵略に対して何もできないことになります。これが国防の実態だとすれば、それは官邸ではなく、自衛隊の問題だと考えるべきです。

 また、災害派遣が主任務に加えられて久しいのに、大規模震災に耐えられない燃料備蓄しか自衛隊にないのも疑問です。この記事の取材に応じた自衛隊の方々は、今後に備えて災害時の燃料補給について研究をすべきです。

 さらに、消防、警察や海上保安庁では燃料の涸渇は起きなかったのかという疑問が湧きます。自衛隊だけだったとすれば、それはなぜなのかを知りたいところです。

 燃料を得るために自衛隊が様々なチャンネルを使って交渉としたという話も理解ができません。直ちに北沢防衛大臣に上申し、燃料供給を再開してもらうように官邸に働きかける方が話が早いはずです。「生存限界期間」を問題にするのならなおさらです。なぜ、自衛隊が交渉にかけずり回ったのかは記事に書いてありません。さらに、北沢防衛大臣の英断で燃料供給が復活したというのは明らかに不正確な書き方です。北沢大臣が経済産業大臣や官邸に働きかけ、官邸が決定しないと事態は改善しないはずです。そもそも、そういう対応は防衛大臣として当たり前のことであり、「英断」という表現は大げさです。

 ついでに言うと、阪神大震災の時は「生存限界期間」なんて、何もできないままに、あっという間に過ぎたと記憶します。満足している人はいないと思いますが、東日本大震災の方が自衛隊の動きは圧倒的に早かったのです。

 自衛隊のドラム缶やタンクローリーだけで、民生用の燃料まで運べないことは、特に考えを要せずとも分かることです。これは自衛隊が官邸に不可能なので、民間の資源も活用するよう上申すべきことです。

 日本の報道記事ではよくあることで、書き方が不正確で事実関係を掌握できないのも、この記事の問題です。

 たとえば、編集部が燃料元売り企業に取材したところ、「被災地への出荷を優先して欲しい、また精油所の稼働率を最大にして欲しい、との要請は資源エネルギー省からありました。ただし、自衛隊や警察、消防、病院などの人命救助に関わる公的施設については、供給を優先にして欲しいという要請もありました」との回答が得られたと書いています。つまり、政府は自衛隊に燃料を渡すなと指示したのではないわけです。しかし、この指示がいつ出されたものかは書いていません。そして、この文に続いて「だが震災発生からの3日間——〈生存限界期間〉の燃料供給は明らかに涸渇した。それが改善されたのは、〈生活限界期間〉が終わった以降のことだ」と書いています。すると、恐らくは上の指示が出たのは震災3日目だったのだろうと想像はできますが、 記事に書いていない以上、読者は確信が持てないのです。こうした不親切な記事は割と頻繁に見つかります。

 私は、災害時の自衛隊の活動を称賛し、政府の動きを批判するメディアの動きを警戒すべきものと考えています。自衛隊のような実力組織に何もかも頼るという国は、些細なことをきっかけにあっという間に軍国主義に陥りそうです。このサイトで毎日のように書いているように、リビアへのNATO軍の介入のように非効率的な軍事行動がダラダラと続くこともあるのです。よって、軍隊や自衛隊のような実力組織には適切な分析や批評が必要です。率直に言って、この記事は防衛省幹部の不満に週刊文春が乗っかっただけとの疑いを、私は持ちました。自衛隊や防衛庁がやるべきは、今回の震災への対応から問題点を洗い出し、次の大規模災害への対策をすることです。装備、制度、訓練を新しく作り直すことです。政府批判をするだけで済ませているのなら、それは批判されるべきです。



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